また誘われてしまったスイス

山本 浩(29政経)

どうして何度もスイスなのか

2016年の暮れにスイスの旅の反省会をしたとき、来年もスイスへの話には正直のところ大して気乗りがしなかった。既にスイスの旅は3度経験しているし、2016年は体力の低下等で同行メンバーに些か迷惑を掛けたこともこの話に積極的に乗れなかった原因だったと思う。

ところが年が変わってこの話の行程スケジュールなどがだんだん具体化してくると、かつて私がスイスを旅した際に、出来れば行ってみたかったのに行けず残念と思っていた場所がずらずと品揃えされているではないか。

ルガーノの山を歩いた時、少し北のベリンツオーナへ行って世界遺産の中世古城群を見る選択肢もあった。
チューリッヒから車でサンモリッツへ向かう際、雨の中スイス最古の街クールを何も見ずに走り抜けてしまった。
ローヌ川沿いからレマン湖の北を通ってジュネーヴに到る路線は何度も利用しながら氷河特急のロマンスカーに乗った経験はないし、モントルーの西に広がる世界遺産、ラヴォー地区の葡萄畑を歩いたことがない。
サンゴッタルド峠の根拠地で架橋不可能と思われたロイス川渓谷に架かる「悪魔の橋」を擁するアンデルマットには是非行ってみたかった。
イタリア領マコニャーガからモンテモロ峠を越えてヨーロッパ最大の人造湖マットマルクダム・スタウゼーへ下りる予定は氷雪のガラ場下りの危険から中止になってしまったが、せめてこの峠やダムを見渡せる所を歩いてみたい。
サースフェーではホーサースの展望台には上がったが、サースフェー最高所展望台3,500mのミッテルアラリンに上がってフェー氷河の迫力を身近に感じてみたい。

これらが私の過去のスイス旅行の中で心残りとなっているものの代表格なのだが、今回の行程はこの殆どすべてが組み込まれていて、入っていないものも実現可能な枠組みになっている。

確かめたわけではないが、これは私の愚痴めいた話を耳にしたガイドの志波さんと何時も参加メンバーの窓口役の水沢清美さんによって仕組まれたことに違いない。
ここまで狙い撃ちされては参加しないわけにはいかず、皆のお荷物になる不安も顧みず家内と共に参加する申し出をした。

今回の参加者11名の平均年齢は約77歳だが、今年87歳を迎える私が全体の平均を1歳押し上げてしまっているのだから厄介な参加者である自覚はしっかり持たねばならない。
然し今回は何度も訪ねるスイスといった心のゆるみからか出発が迫っても旅の準備をしっかりする気になれず、これが旅行中幾つかの失敗を重ねる原因になったことは後述する。【本文より転載】

2017年7月12日から21日までのスイス紀行をまとめた。
Part 1(7月12日・出発~13日・スイス最古の都市クールからアローザへ)
Part 2(7月14日~16日・アンデルマットの悪魔の橋)
Part 3(7月17日~18日・アルプスの花の散歩道)
Part 4(7月19日~21日・帰国)

お読みいただければ幸いです。

(以 上)

第3回オールワセグリフェスティバル・AWFに参加して

塩田 智男(31法)

早稲田大学グリークラブのOBと現役学生が一堂に会して開催するAWFが2017年10月17日(土)、東京都葛飾区の「かつしかシンフォニーヒルズ モーツアルトホールで開かれました。
私は、昭和31年卒のOBとして4時間超のフェスティバルに参加し歌い、聴いたりして学生時代に戻った気分で楽しんできました。

AWFは、2007年9月に早稲田大学グリークラブ創立100周年を記念して杉並公会堂で開催されました。その後、OBから「是非もう一度歌いたい」との要望が数多く寄せられ、第2回は5年後の2012年に、更に5年後の第3回はグリークラブ創立110周年の記念イベントとして開催されました。

第3回AWFには、全国からOB438名、現役75名の計513名が参加。最年長は89歳、最年少は18歳と、祖父と孫の年齢に相当するほど幅広い世代のメンバーが集まり、OB会会長の柿沼郭氏(昭和53年卒、NHKアナウンサー)と道浦俊彦氏(昭和59年卒、読売テレビ)の司会でスタートしました。

開会に当たって宣誓する最年長のOB(右から2人目)と最年少の学生(同3人目)  【写真は「稲グリ新聞」より】

開会に当たって宣誓する最年長のOB(右から2人目)と最年少の学生(同3人目)    【写真は「稲グリ新聞」より】

この世代別合唱演奏会は、OBが世代別に8グループに分かれて順次演奏し、最後に現役が歌う次第です。
オープニングは、先ず私が参加した第1グループ(下記の世代別①のグループ90人)と第2グループ(同②のグループ60人)、現役(75人)がステージ上で、そして、2階客席で待機している各グループの参加者全員が田中渉君(現役3年)の指揮で、早稲田大学校歌とクラブソング“輝く太陽”を合唱しました。
続いて世代別合唱は、①昭和27~43年卒(注)、②同44~50年卒、③同51年~57年卒、④同58~平成元年卒、⑤平成2~8年卒、⑥同9~15年卒、⑦同16~22年卒、⑧同23~29年卒の8グループのOBが各グループの選曲した曲を演奏しました。
そして、最後にグリークラブ現役が、10年前の第1回AWFでグリークラブ創立100周年の際、校友でもある小田和正さんに作詞・作曲を委嘱した「この道を行く」等を歌いました。

最後は、会場のOBと現役の全員で、1951年神奈川県津久井湖畔での早稲田大学グリークラブの合宿にOBとして参加していた磯部俶(いそべ  とし)さんがその際作詞・作曲した「遥かな友に」と、「早稲田の栄光」を歌いフィナーレを飾りました。

私は、500名超のOB・現役が一つの会場に集まって行われるこのAWFには今回2度目の参加ですが、参加するたびにグリークラブメンバーの絆の強さを感じさせられ、OB達は健康に留意して次回も一緒に参加しようと誓い合って散会しました。

ところで、私が合唱活動を66年間も続けてきた原点ですが、実は大隈記念講堂にあったのです。
昭和27年4月、大隈記念講堂での入学式で、グリークラブの現役が新入生を歓迎して“早稲田大学校歌”を演奏したのを初めて聴きました。一番の「都の西北~」のユニゾンから三番の「あれみよかしこの~」になり、ハ長調から4度転調(ヘ長調)して男声四部合唱に展開した際、その和声の響き(ヘ長調のカデンツァ)に全身が反応し何故かゾクッ!としました。
それから、2号館地下1階のグリークラブの部室を探して入部。毎週月、水、金曜日の夕方から高等学院のピアノがない教室で、音叉だけを唯一の音源にした自然音階の徹底した猛練習が今では本当に懐かしく想い出されます。
爾来、半世紀以上に亘って合唱音楽の虜になり、今回もAWFに参加して昔のグリーメンと久し振りに人間楽器としてアンサンブルが出来たその歓びに感動しています。

(注) 私が参加した第1グループは同期の山本健二指揮で、磯部俶先輩の生誕100年を記念して次の4曲を演奏しました。
1.いちじく  小林純一作詞
2.びわ    まどみちお作詞
3.遥かな友に 磯部俶作詞
4.ふるさと  室生犀星作詞

 

再びスイスを訪ねて

3年前サンモリッツからエンガディン、ベルニナアルプスを南下してルガーノへ回る旅をしたが、今回はチューリヒからスイス中央部をほぼ真っ直ぐに南へ向かう旅になる。
行程の設定は例年通り赤沼敏治さん、志波邦彦さんと我等グループの水沢清美さんの間で詰めてもらったが、旅のスタートを7月4日にすることと、到着直後ルツェルンに寄る希望だけは入れてもらった。
今回のメンバーはガイドの志波さんを含めて10名(男性4名、女性6名)、平均年齢は72歳だが、85歳の私が大きく平均を上げてのことだから、皆に迷惑をかけないよう余程頑張らねばならない。【Part 1より転載】

再びスイスを訪ねて」を4つのパートに分けてお届けする。

山本 浩(29 政経)

再びスイスを訪ねて Part 1
再びスイスを訪ねて Part 2
再びスイスを訪ねて Part 3
再びスイスを訪ねて Part 4

スイスはこんな国 サンモリッツ・ルガーノ周辺の“見て・食べ・歩き”

今年2014年は日本・スイス国交樹立150周年記念の年に当たり、この年にスイスの旅を楽しむ機会を得て、今しみじみとスイスとはご縁があったのだなと感じている。
このところ続いて年1回の海外トレッキングをしているグループから、「次は何処」の声が出たのは南仏~スペインのピレネー越えが済んだ昨年秋、“老害”の心配から次回のツアーリーダーは若手でとお願いしていたところ、剣持さんが天渓の赤沼さんと相談の結果であるとして2つのスイス山旅案を提示してきた。
私がサンモリッツにはアルプスの画家セガンティーニの足跡が多くあることと、アルプスで最も美しい稜線と評判のビアンコグラートを持つ名峰ピッツベルニナがあることから後者を推したため、今回の旅が実現することになった。

スイスはこんな国 サンモリッツ・ルガーノ周辺の“見て・食べ・歩き” 日本・スイス 国交150周年記念に=」を4つのパートに分けてお届けする。

 山本 浩(29 政経)

スイスはこんな国_Part_1           スイスはこんな国_Part_2
スイスはこんな国_Part_3           スイスはこんな国_Part_4

サンモリッツ・ルガーノ周辺歩き概念図