第36回美術館を巡る会
「ロン・ミュエク」展のお誘い

ロン・ミュエク(1958~)は、オーストラリア生まれ、現在は英国在住の女性美術家です。
革新的な素材や技法を駆使してつくる巨大なリアリズム彫刻は神秘的、哲学的でもあり見る人を圧倒します。下手なコメントよりも画像を多めに添付しました。
連休明けの5月12日、新鮮な驚きと感動に浸ってみませんか。
ご参加、お待ち申し上げます。

◆日 時=2026年5月12日(火) 15時~16時30分
◆集 合=森美術館入口(六本木ヒルズ)
◆鑑賞料=1,700円(65歳以上、前売りオンライン) 
◆懇親会=カジュアルイタリアン 17時~19時 探索中
◆申込み締め切り日=5月8日(金)  若林覚 宛
電話: 090-2498-1512
Email: satowaka3(at)gmail.com【(at)を@に置き換えてください】
・展覧会と同時に懇親会出席の有無をご連絡ください。

第35回美術館を巡る会
東京国立近代美術館
「下村観山展 描いたのは、夢幻の世界」の報告

・日 時=2026年4月3日(金) 15時30分~17時
・会 場=東京国立近代美術館
・懇親会=土佐料理「明神丸」 17時~19時 
・参加者(50音順、敬称略)=上村護、河崎健治夫妻、松村純夫夫妻、山本浩、若林覚

下村観山(1873~1930)は、紀伊徳川家の能楽師の家に生まれ、橋本雅邦に学び、東京美術学校の第一期生になりました。
卒業後は同校で教鞭をとりますが、校長の岡倉天心とともに辞職し、日本美術院の設立に参加します。

茨城県五浦を拠点に、横山大観、菱田春草、木村武山らと、日本画の革新を目指します。

狩野派、大和絵、琳派の技法に通暁し、西洋美術の色彩感覚あふれる唯一無二の「観山芸術」を堪能しました。関東では13年振りの大回顧展とか。晩年、観山を支えた、岩崎弥太郎、原三溪、大倉喜八郎、渋沢栄一らが依頼した名作や大英博物館から里帰りした「ディオゲネス」も展示されていました。

下村観山「木の間の秋」

下村観山「ディオゲネス」


東京国立近代美術館では「美術館の春まつり」が同時開催されており、川合玉堂、菊池芳文、船田玉樹など春爛漫の作品で溢れかえっていました。


前回の「円山応挙展」(三井記念美術館)に続き、中止も危ぶまれていましたが、お陰様で、6名の方々にご参加いただきました。
懇親会は、パレスサイドビル、土佐料理「明神丸」で鰹のタタキを肴に、観山美術の余韻にひたりました。

次回は、5月12日(火)、森美術館で、オーストラリアの女流彫刻家ロン・ミュエク(1958~)の巨大リアリズム彫刻群とのショッキングな出会いを予定しています。

ロン・ミュエクの作品「イン・ベッド」(左)と「マスク II」

追って、詳細のご案内をします。
奮ってご参加下さい。

(文=若林  覚)

稲酔会2026年3月例会

◆開催日=2026年3月25日(水) 
◆会 場=花小金井南町「虎居」

肌寒い小雨の中での「稲酔会」をいつもより30分早い4時から10名の参加者で行いました。
2日前の夕方にお店から開始時刻を早めてほしいとの電話があり、参加予定の方々にメールと電話で連絡しました。当日は皆様が4時に集合して下さり、乾杯で開始、毎度おなじみの話題があちこちに飛ぶワイガヤの稲酔会、そんな中で「美術館を巡る会」の幹事から年間計画の説明があり、会活性化への協力要請のまじめな話もありました。

雨でもありタクシーを呼ぶと早めに来るとのことで、中締めもない尻切れトンボでのお終いとなり開始と終わりがいつもと異なる稲酔会でしたが大いに楽しみました。
【参加者(敬称略、50音順)】井垣、小菅、中村、増田、松尾、松村、松本(研)、山田(哲)、山本、若林、計10名。(文=中村泰三)

2026年4月度(第102回)ワイン研究会のご案内

月に叢雲花に嵐、あっという間に桜も散ってしまいました。寒暖の差が激しい今日この頃ですが、皆さまにはお変わりなくお過ごしのこととお慶び申し上げます。

さて、3月は休会でしたが、今月は予定通り開催します。
今月は「春に飲みたいワイン」ということで、①チリ産辛口スパークリング②ドイツ産ラインガウの辛口リースリング③ジョージア産オレンジワインを提供します。

また貴重な30年物の貴腐ワインを持参される方もあり、最後は「こもれび」さんのデザートを貴腐ワインで締めたいと思います。先が予測できないご時世ですが、ワインを飲んで一夕、楽しく過ごしましょう。
皆さんの参加、お待ちしています。

◆第102回ワイン研究会
・開催日=4月17日(金)毎月第三金曜日開催です。
・時 間=午後3時~5時
・場 所=小平駅南口永田珈琲「こもれび」
(小平市美園町1-6-1 グリーンプラザビル2F 042-345-9733)
・会 費=4,000円(ワインを持参される必要はありません)
・連絡先=ワイン研究会会長 河崎健治
電話: 090-1056-9311 Email: kenj(at)042jcom.home.ne.jp【(at)を@に置き換えてください】

第68回 散策の会報告
泉岳寺あたりをあちこちと

                             令和8年3月17日(火)

ここのところ晴天に恵まれている散策の会ですが、当日も早春にふさわしい穏やかな日和 となり、13名と最近では最も多い参加者が白金台駅に参集。いつものように瀧川世話役の説明と初参加の2名の紹介の後、高輪の散策がスタートしました。

☆港区立郷土歴史館(港区白金台4-6-2  ゆかしの杜内)
1938年に竣工した旧国立公衆衛生院の建物を港区が国から取得し、複合施設「ゆかしの杜」として再生。本館は、その中の施設の一つとして、2018年(平成30年)11月1日に開館しました。
建物の設計は、東京大学安田講堂を手掛けたことで知られる内田祥三の手になるもの。全体はゴシック様式、スクラッチタイルや連続アーチが特徴的なデザインで、「内田ゴシック」と呼ばれています。建物のエントランスが中央ホールで、天然大理石の床、凝ったデザインの天井や階段、吹き抜けが見どころでした。有料の常設展示室は、港区にまつわる資料が集められていましたが、特に見るべきものはなかったような気がしました。
港区は財政豊かなのか、スタッフの数が多い上、皆さんとにかく愛想がよく、我々の集合写真もスタッフからのお声がけで撮影していただきました。

建物も人々も年輪を重ねてレトロに

旧講堂 NHK朝ドラ「虎に翼」のロケで使用


☆細川屋敷跡
(港区高輪1-4-5)
熊本藩細川越中守の下屋敷(6万㎡)があった場所で、赤穂浪士の討ち入りの後、大石内蔵助ほか16人がここにお預けとなり切腹しました。内部は非公開ですが、塀の隙間から切腹した庭と伝えられる場所を覗きました。都指定の旧跡です。

切腹現場を覗きに長蛇の列


☆高輪皇族邸
(高輪1-14-1)
細川家の下屋敷は明治22年に宮内省高輪御料地となり、大正時代には東宮御所、昭和5年の高松宮ご成婚時に官邸となります。その後、6万㎡の土地は中学校・都営アパート・区役所支所などに割譲され、残った1万㎡が高輪皇族邸として宮内庁の管理下に置かれ、令和2~4年は上皇・上皇后の仙洞仮御所となりました。
現在は寛仁(ともひと)親王(ヒゲの殿下)の妃信子さま(麻生太郎の妹)が令和7年3月から仮住まいされています。邸の正門前に立ち寄った所、いきなり邸内からマイクで皇宮警察のおまわりさんの「何用ですか」との声が。なぜか、居ても良いが散らばって居るようにとの注意を受けました。

塀の向こうに皇族がお住まいらしい


☆泉岳寺
(高輪2-11-1)
ここは慶長17年(1612)に家康によって桜田門外に創建されましたが、「寛永の大火」(1641年)で焼失したので、家光の命で現在の地に再建されました。播州赤穂浅野家 の菩提寺だったので、浅野長矩や正室の瑶泉院、赤穂浪士が葬られています。赤穂浪士たちが眠る墓所の入り口には、関所の如く線香売りが待ち構えており、一束300円の線香を手にし、大石内蔵助以下、四十七士の墓前にお供えしました。
国の「史跡」に指定されており、インバウンドの観光客も多くさすがの観光地でした。

江戸後期に建てられた山門

義士の墓所へ粛々と

それぞれのお墓に線香を少しずつ


☆NEWoMan高輪(
港南2-21-1)
ニュウマン高輪は、JR東日本グループのルミネが手がける「NEWoMan」ブランドの3店舗目として誕生した商業施設。高輪ゲートウェイ駅から徒歩1分という立地ながら、館内には落ち着いた空気が流れ、ゆったりと楽しめる大規模店、名店の新業態などが入店し、魅力満載でした。直通のエレベーターにて28階に上り、同施設の目玉である、都心の別荘をイメージした「ルフトバウム(LUFTBAUM)」に到着。地上150メートルの空間に、日本各地から厳選された500本以上の大型植物を配置し、日本の四季と東京の眺望を一目で楽しみました。 今日巡ってきた高輪皇族邸や泉岳寺を眼下に見下ろすことができました。

高輪ゲートウェイシティ

『わぁ~怖』あと一歩が出ない

上は吹き抜けで外気が入る


☆高輪ゲートウェイ駅
(港南2)
山手線では西日暮里駅から49年ぶりの令和2年に新駅開業しました。駅名の公募では1位「高輪」、2位「芝浦」、3位「芝浜」で、「高輪ゲートウェイ」は130位でしたが、近くにあった「高輪大木戸」の歴史を受け継ぐ名を採用したようです。隈研吾のデザインによる駅舎は木材を多用し、日本的雰囲気を持つもので、ホームもベージュ色の木質タイルが敷き詰められていて、温かみを感じました。

高輪という地名からつい高級住宅街というイメージを持ってしまいますが、細い路地裏を歩いていて時々ボロ家(失礼)も散在するのを発見して、なぜかホッとしたこともありました。約7,000歩歩いて、高輪ゲートウェイ駅にて解散しました。

その後、有志で高田馬場「清瀧」にて懇親会をし、満員電車に押し込められ帰宅しました。

【参加者(五十音順、敬称略)】
大河原(忠)、大河原(眞)、梶川、河崎(健)、河崎(和)、佐藤、瀧川、福田(静)、松村、松本(研)、森田、山田(哲)、山本、計13名。

(文=松村、写真=佐藤・松村)

第4回読書の会 報告

◆開催日=2026年2月28日(土)
◆会 場=小平市 美園地域センター

「読書の会」第4回の会合を行いました。今回は向田邦子さんの『父の詫び状』をもとに読後感想を語り合いました。

東京生まれの向田さんは、保険会社に勤務していた父の転勤で宇都宮(栃木)、鹿児島、高松(香川)、仙台(宮城)と慌ただしい転居生活を経て実践女子専門学校(現・実践女子大学)を卒業後、社長秘書、映画雑誌の編集者を経て脚本家として活躍されました。私たちにとっては懐かしい「時間ですよ」(共同脚本)、「寺内貫太郎一家」などの人気ドラマを世に出し、小説やエッセイでも名作品を残し、第35回直木賞も受賞されましたが、不慮の事故で若くして逝去されました。

今回は小説ではなくエッセイを初めて課題にしましたが、年代的に皆さんになじみのある作家でしたので活発な論議が繰り広げられました。
「一見無関係な話が並べられているが、最後まで読み切ってみると見事にまとめているので感銘した」「父の様子が赤裸々に描かれているので、自分の家族のことをここまで冷静に記述できるものか不思議に思った」「戦争に進んでいく時代のことだが、父はなぜ徴兵されなかったのか」等、本文の内容を深く掘り下げる視点のご感想、ご意見をいただきました。

また、後半は「昭和の父」の話題になり、「父のお礼の一文から、昔の人らしいぎこちない人柄が思われる」「世代間の対立で、親子で文句を言い合っていた記憶がある。妻や子供からいろいろ言われて父もたいへんだったことだろう」「団塊の世代と言われていたが、家庭がバラバラだったところに終戦で父が帰ってきて、崩壊した家庭をどうまとめるか苦心しただろう。家族のために全てを投げ出していた姿が思い出される」「教育には熱心だったのは、自分に学がなくて苦労したからだったのかもしれない」と次々と語られるエピソードの一つ一つは、私にとってはこの歳になったからこそ理解できる、心に残るお話でした。

開会の前には観劇の会の竹内さんから鑑賞会のご案内をしていただき、他の同好会との交流もできまして、実り多い時間を過ごすことができました。

今回は寒いところ9名がご参加くださいました。次回以降もさらに充実した楽しい語らいを進めていきたいと思います。
(文=樋口昌典)

【参加者(敬称略)】
荒井、梶川、川崎、小菅、比留間、広山、本田(校友)、松村、樋口。9名