令和8年3月17日(火)
ここのところ晴天に恵まれている散策の会ですが、当日も早春にふさわしい穏やかな日和 となり、13名と最近では最も多い参加者が白金台駅に参集。いつものように瀧川世話役の説明と初参加の2名の紹介の後、高輪の散策がスタートしました。
☆港区立郷土歴史館(港区白金台4-6-2 ゆかしの杜内)
1938年に竣工した旧国立公衆衛生院の建物を港区が国から取得し、複合施設「ゆかしの杜」として再生。本館は、その中の施設の一つとして、2018年(平成30年)11月1日に開館しました。
建物の設計は、東京大学安田講堂を手掛けたことで知られる内田祥三の手になるもの。全体はゴシック様式、スクラッチタイルや連続アーチが特徴的なデザインで、「内田ゴシック」と呼ばれています。建物のエントランスが中央ホールで、天然大理石の床、凝ったデザインの天井や階段、吹き抜けが見どころでした。有料の常設展示室は、港区にまつわる資料が集められていましたが、特に見るべきものはなかったような気がしました。
港区は財政豊かなのか、スタッフの数が多い上、皆さんとにかく愛想がよく、我々の集合写真もスタッフからのお声がけで撮影していただきました。

建物も人々も年輪を重ねてレトロに

旧講堂 NHK朝ドラ「虎に翼」のロケで使用
☆細川屋敷跡(港区高輪1-4-5)
熊本藩細川越中守の下屋敷(6万㎡)があった場所で、赤穂浪士の討ち入りの後、大石内蔵助ほか16人がここにお預けとなり切腹しました。内部は非公開ですが、塀の隙間から切腹した庭と伝えられる場所を覗きました。都指定の旧跡です。

切腹現場を覗きに長蛇の列
☆高輪皇族邸(高輪1-14-1)
細川家の下屋敷は明治22年に宮内省高輪御料地となり、大正時代には東宮御所、昭和5年の高松宮ご成婚時に官邸となります。その後、6万㎡の土地は中学校・都営アパート・区役所支所などに割譲され、残った1万㎡が高輪皇族邸として宮内庁の管理下に置かれ、令和2~4年は上皇・上皇后の仙洞仮御所となりました。
現在は寛仁(ともひと)親王(ヒゲの殿下)の妃信子さま(麻生太郎の妹)が令和7年3月から仮住まいされています。邸の正門前に立ち寄った所、いきなり邸内からマイクで皇宮警察のおまわりさんの「何用ですか」との声が。なぜか、居ても良いが散らばって居るようにとの注意を受けました。

塀の向こうに皇族がお住まいらしい
☆泉岳寺(高輪2-11-1)
ここは慶長17年(1612)に家康によって桜田門外に創建されましたが、「寛永の大火」(1641年)で焼失したので、家光の命で現在の地に再建されました。播州赤穂浅野家 の菩提寺だったので、浅野長矩や正室の瑶泉院、赤穂浪士が葬られています。赤穂浪士たちが眠る墓所の入り口には、関所の如く線香売りが待ち構えており、一束300円の線香を手にし、大石内蔵助以下、四十七士の墓前にお供えしました。
国の「史跡」に指定されており、インバウンドの観光客も多くさすがの観光地でした。

江戸後期に建てられた山門

義士の墓所へ粛々と

それぞれのお墓に線香を少しずつ
☆NEWoMan高輪(港南2-21-1)
ニュウマン高輪は、JR東日本グループのルミネが手がける「NEWoMan」ブランドの3店舗目として誕生した商業施設。高輪ゲートウェイ駅から徒歩1分という立地ながら、館内には落ち着いた空気が流れ、ゆったりと楽しめる大規模店、名店の新業態などが入店し、魅力満載でした。直通のエレベーターにて28階に上り、同施設の目玉である、都心の別荘をイメージした「ルフトバウム(LUFTBAUM)」に到着。地上150メートルの空間に、日本各地から厳選された500本以上の大型植物を配置し、日本の四季と東京の眺望を一目で楽しみました。 今日巡ってきた高輪皇族邸や泉岳寺を眼下に見下ろすことができました。

高輪ゲートウェイシティ

『わぁ~怖』あと一歩が出ない

『わぁ~怖』あと一歩が出ない
☆高輪ゲートウェイ駅(港南2)
山手線では西日暮里駅から49年ぶりの令和2年に新駅開業しました。駅名の公募では1位「高輪」、2位「芝浦」、3位「芝浜」で、「高輪ゲートウェイ」は130位でしたが、近くにあった「高輪大木戸」の歴史を受け継ぐ名を採用したようです。隈研吾のデザインによる駅舎は木材を多用し、日本的雰囲気を持つもので、ホームもベージュ色の木質タイルが敷き詰められていて、温かみを感じました。
高輪という地名からつい高級住宅街というイメージを持ってしまいますが、細い路地裏を歩いていて時々ボロ家(失礼)も散在するのを発見して、なぜかホッとしたこともありました。約7,000歩歩いて、高輪ゲートウェイ駅にて解散しました。
その後、有志で高田馬場「清瀧」にて懇親会をし、満員電車に押し込められ帰宅しました。
【参加者(五十音順、敬称略)】
大河原(忠)、大河原(眞)、梶川、河崎(健)、河崎(和)、佐藤、瀧川、福田(静)、松村、松本(研)、森田、山田(哲)、山本、計13名。
(文=松村、写真=佐藤・松村)











