2026年7月9日
観劇の会会長 竹内吉夫
2024年7月、同じ演目が「下北沢駅前劇場」


2026年7月9日
観劇の会会長 竹内吉夫
2024年7月、同じ演目が「下北沢駅前劇場」


観劇の会・竹内吉夫
「観劇の会」会員の石井伸二さん(1967法、元国立劇場職員)より数か月前、ご自身の蔵書をどこか演劇関係の団体に寄贈したいとのご相談があり、お預かりいたしました。『歌舞伎全集・全25巻』(1967年刊)という大変貴重なものです。
2026年3月25日の観劇の会例会(池袋)にて『ビッグ・フェロー』を鑑賞した折に「劇団俳小」(花小金井)の代表・斎藤真(しん)氏にこの話を持ちかけ、見本の一冊をお預けいたしました。〈しんさん〉も早大1967文卒で、小平稲門会会員の故・志村智雄さん(1968法)の「早稲田大学演劇研究会(通称:早大劇研)」時代の先輩に当たられます。
それから何日かして「ぜひ寄贈願いたい」とのことで話はトントン拍子で進み、4月末に無事、『全集』を引き渡しすることが出来ました。

東京創元社刊の『名作歌舞伎全集』
私としてはその正式な「寄贈式」(石井さん、斎藤代表、竹内とで)を、何としても早い時期に執り行わなければと思いました。それで日程調整をした結果、5月30日に花小金井の劇団稽古場で、との合意が得られました。また、セレモニーの実施に当たっては私ひとりでは役者不足と考え、どなたかに「立会人」をお願いしたく、諸先輩にご相談をいたしましたが、その日は早慶戦等で会長はじめ皆さん出払ってしまうのです。そこで地元花小金井在住で、芸能界・音楽界の大御所でいらっしゃる増田峰夫さん(1960法)にダメ元で打診をさせていただきました。そしたら「音楽事務所」の現役社長で超多忙な増田さんが奇跡的に、「その日は空いているから、行けるよ」とのことで、稲門会重鎮に立会人をお願い出来る次第となりました。
こうして石井さんのご意思に敬意を示し、また「観劇の会」をご指導いただいた亡き前進座の志村智雄さん、志村さん亡き後の会をリードされた故・穂積健児さん(1967教育)に対し、うれしいご報告も出来る手はずが整いました。
5月30日、午後2時30分花小金井駅改札集合、3時稽古場訪問。寄贈式前に、劇団代表から思いがけない朗報を伺いました。
「稲門会ブログに寄稿された観劇の会・例会報告『梅が実るまで~津田梅子の生涯』(2025年12月例会)をプリントアウトして学校訪問に行ったら、さっそく2校から『生徒に鑑賞させたい』との上演依頼がありました」。
(『梅が実るまで』観劇記ブログは、こちら)
同好会の活動報告がそういう形で活用され、皆さんに喜んでいただける事を嬉しく思いました。また、学校が、「稲門会が観に行く演劇なら間違いは無いだろう」と思ってくれたとしたら、これもひとつの地域貢献となったかとも考えました。
次に、今日に至るまでのいきさつを確認しながら、感想を述べ合いました。
石井さん 「日本の歌舞伎は近松門左衛門・河竹黙阿弥など、世界レベルと思います。全集をご活用いただければ嬉しいです」
斎藤代表 「歌舞伎はシェークスピアに負けない日本の宝です。劇団員たちと一緒に、しっかり読み込みます」
増田さん 「長年花小金井に住んでいますが、こんなすばらしい劇団が引っ越してきていたのですね。それと寄贈される全集を見て、うーんこんなに立派なものだったのかと驚いているところです」
プレゼンターの石井さんから本を受け取る役を劇団を代表して女優の吉田ひさ子さんにお願いし、記念撮影(写真左)。続いて5人揃ってのメモリアルフォト(写真右)。それは筆者が、「これでホッとした」と幸せな一息をついた瞬間でした。
午後4時、全員で花小金井の居酒屋「虎居(とらい)」に移動。その日は最高気温30度となり、ノドを湿すにはもってこい。それからの3時間、ジョッキを傾けながら歌舞伎論、演劇論、音楽論、今後の活動についての夢など語り合いました。そして石井さんの国立劇場在職当時の裏話や、増田さんのナベプロ時代からウン十年にわたる秘話を聞かせていただき、全員爆笑、大爆笑。日頃、清楚で知られる女優のひさ子さんも、お腹を抱えてのたうち回っていました。
(2026年6月18日投稿)
2026年6月18日
観劇の会・竹内 吉夫
写真撮影・平早 勉氏
2026年3月25日(水)、3か月ぶりの「観劇の会」例会。「ドン.キホーテ池袋東口駅前店」入口で待ち合わせ、劇場へ向かう。
「昭和40年代に、池袋で小劇場演劇を鑑賞したことがありました。どこだったのか、今じゃもう分かりませんが」と、昭和42年ご卒業の石井伸二さん。「そういえばぼくも池袋は久しぶりですけれど、学生の頃は名画座があって、良く映画を観に来ました」と、昭和49年卒の筆者。
「ああ、『人世坐』とか『文芸坐』とかねえ」
そんな会話を交わしながら南池袋公園に突き当たり南に折れると、寺町の一角に、入口がモスグリーンに彩色された6階建ての近代的なビルが現れた。それが今日の演劇ホール、小劇場ビルの「シアターグリーン」なのだった。寺院に挟まれたこの施設、聞けば「地域文化を育てる」事を目的として、隣接する仙行寺さんが昭和43(1968)年に造り2005年に全面建て替えをはかったもので、今では東京一古い小劇場なのだそうである。われわれはその建物の中にある劇場のひとつ、「BOX in BOX THEATER」をめざす。
(追記:その後のリサーチで、石井さんがかつて訪れた池袋の小劇場が「池袋アートシアター」であり、それが「シアターグリーン」の前身であることが判明した)
今日の演目は「劇団俳小」公演、アイルランド演劇の『ビッグ・フェラー』。
1970年代初頭、ニューヨークのアイリッシュ・レストランで「ブラディ・サンデー」(北アイルランドのカトリック系非武装デモ隊がイギリス軍の発砲を受け、13人が死亡した事件)の追悼集会が開かれるところから、話は始まる。そして2001年の「9.11同時多発テロ」に至るまでのIRA(アイルランド解放軍)の30年。若い活動家たちが挫折と衰退に向かう様が描かれたコテコテの悲喜劇だ。原作リチャード・ビーン。翻訳の小田島恒志氏はシェークスピアの全訳(坪内逍遙に次いで二人目)で知られる小田島雄志氏の次男で、早稲田大学文学部OB、同大学教授である。
ちなみにタイトルの「ビッグ・フェラー」は通俗な英語で「デッカいアンチャン」の意味だそうで、身長181センチ、体重76キロの名優「いわいのふ健(けん)」氏(「劇団温泉ドラゴン」所属)が客演され、解放運動のカリスマ・リーダー、デイヴィッド・コステロを見事に演じ切った。

コステロ(ビッグ・フェラー)
裏切り、寝返り、欺瞞、絶望、狂気。理不尽な暴力、自分では抑え切れない怒り、確信してきたことへの疑念、殺戮、メンバーの粛正。歴史の渦に弄ばれ、ただただ確実に年老いてゆく青年たち。
「これは『ファウスト』の逆バージョン。魂を売って手に入れるのは、一生苦痛の日々だ」
「IRAに残りたいけれど、IRAのイヤなところひとつ挙げるとすれば『殺しちゃう』ことだな」
重いテーマの中に、思わず吹き出してしまうようなセリフを散りばめながら、「闘争」が活動家の青年たちの正気を喪失させて行った生き地獄の年月をさらけ出して見せる。終幕近く、活動家の一人ルエリ・オドリスコル(大川原直太)の恐ろしい高笑いが天井を続けて3度揺らす。もはや笑い飛ばせるものなど、何一つ残っていないのに。

オドリスコル

カレルマ
俳優さんたち、全員がハマリ役に思えた。皆、良かった。皆、大熱演だった。
極度に高いテンションが最初から最後までずーっと続いた舞台が終演となり、ぼくは客席を立ちロビーに出た。そこには今まさに演技を終えたばかりの俳優さんたちが、清々しい笑顔でずらりと並んでいる。そのひとりに声をかけた。
「渾身の演技でしたね。大貫禄でしたよ」
「ははは、そのために少し、補いをしました」
「え?何を?」
男優さんがシャツの裾をめくり上げ、腹巻きをぼくに見せながら笑う。
「これしていると、暑くて、暑くて」
何だか、風呂上がりみたいに爽やかな笑顔だった。
【参加者】石井伸二、竹内吉夫


今から40年前のこと。津田塾大学校舎・ハーツホン・ホールの屋根裏から数千を超える手紙が発見されたという。それらは津田梅子がアメリカの恩人や友人に当てて書いたもので、経緯は不明だがいつの時期にかアナ・ハーツホン(梅子の学校運営を支えた同志)の手に渡り、トランクに保管されたまま大戦の混乱で行方不明になっていたものだったのだ。

津田梅子(撮影:平早勉、以下同)
令和7年12月の劇団俳小アトリエ公演『梅が実るまで~津田梅子の生涯~』は、これらの手紙にインスパイアーされた脚本家・武末志朗氏の書き下ろし脚本によるもので、同氏の演出のもと、梅子ゆかりの小平に拠点を構える劇団俳小の精鋭メンバーが上演と取り組んだ。
小平稲門会・観劇の会からは、山本浩さんご夫妻(13日公演)、石井伸二さんと竹内(14日公演)の4名が参加した。花小金井の稽古場にしつらえられた客席は56。早々にソールドアウトになったとのことで、入ってゆくと満席であった。
一次資料としての手紙は、時代の空気を直接伝える生の声である。梅子が残した幾多の文(ふみ)から紡がれたストーリーは、梅子を巡る明治の女性群像、そして伊藤博文をはじめとする男性協力者たちの姿を生き生きと描き出す。そのうねりは、女性の地位向上、男女同権へと収斂する。 帰りの汽車 梅子からの手紙
梅子が目指したのは、
「男性と協力して対等に力を発揮できる、自立した女性の育成」
だったのだ。

「防砂林」
というキーワード。
昭和2年、関東大震災で都内を追われた女子英学塾(津田塾の前身)が小平にキャンパスを構えるに当たり、真っ先に取り組んだことが防砂林の整備だったという。
筆者が小学生時代を過ごした昭和30年代の小平では、冬から春にかけ、武蔵野台地をゴーゴーと吹きすさぶ北風が、目も開けられないほどの土煙を舞い上がらせた。空は真っ暗。その上に、何やら黄色だか茶色だか朱色だかの丸いものがポツンと浮かんで見えるのだが、それが、要するに太陽なのだ。学校から家に帰り、鏡を見ると鼻の穴は真っ黒け。「防砂林」のひとことから、少年の日に嗅いだ乾いた土の匂い、口に入ってしまったその舌触り、耳の奥で鼓膜を相手に砂粒が奏でるマラカスみたいな音までもが思い出されるのだった。
しかし、である。小平が深刻な砂塵・強風災害に見舞われたと記録される昭和初期の風と土の暴力は、昭和30年代のそれとは比べようのないものだったろうと推測されるのだ。
そんな思いに浸っていると舞台の上では、
「『昨夜は嵐』。それが梅子の絶筆だった」
というエピソードが語られている。
英語で日記を綴っていた梅子が書いたその原文は、
“Storm last night.”。
「昨夜は嵐」。
いや、梅子先生。あなたの人生、本当は、
「昨夜も嵐」
ではなかったですか。
そしていよいよ終幕。梅子没して11年となる昭和15年。塾が創立40周年を迎えたのを記念して80歳の盟友アナ先生が行った静かな演説。それは過ぎ去った日々の全てを呑み込んでくれるもので、梅子は困難の後にきっと安らぎを迎えたのだろうと思わせてくれる、ハートウォーミングなものだった。あれ、良かったなあ。
(2025年12月24日、竹内吉夫)

2024年7月12日(金)、午後1時よりの「劇団俳小」公演、「ゴールデンエイジ」は、出演者に体調不良者が出たため、中止となりました。
例会参加者3名(山本さん、石井伸二さん、竹内)、そのまま帰りました。
(2024年7月14日、竹内)
『ゴールデン・エイジ』の案内リーフレットは、こちら。
(以 上)
演目:『桜の森の満開の下』(原作:坂口安吾)
日時:令和6(2024)年4月13日(土)14時~
会場:劇団俳小・稽古場(花小金井南町)
午後1時15分、花小金井駅集合。小金井公園の桜は、まだ、見頃を過ぎてはいない。
今日はこれから、劇団俳小「ドラマスクール」の「ワークショップ成果発表公演」を観に行く。劇団のご好意で、小平稲門会がご招待を受けたのだ。「ドラマスクール」は、劇団俳小が主宰する演劇学校。地元小平を中心に、演劇を学びたいというキッズ(小学生~高校生)や、一般人(成人)対象に開かれている。今回は、その、成人の部の、卒業公演というわけだ。
観劇参加メンバーは、山本浩さん、河崎健治さん、「観劇の会」から石井伸二さん、竹内吉夫。
ちょっと時間が早かったので、山本さんのご発案で、「島村農園」に行ってみた。「劇団俳小・稽古場」と鈴木街道を挟んで真向かいにあるここは、「ブルーベリー栽培発祥の地」として知られる農園で、小平から世界にその名を発信した家なのである。聞けば栽培に成功した島村さんは、河崎さんの高校の先輩とのこと。また、竹内も、その方の弟と高校の同級生。今日は、何だか面白い組み合わせと、相成ったものだ。山本さんが家の方から聞いたところでは、ブルーベリーは夏のもので、6~8月に収穫されるそうだ。その頃、また来てみようと思う。
さて、今日のお芝居の原作であるが、坂口安吾の代表作の一つで、傑作との誉れ高い作品。鈴鹿峠に住む「山賊の男」と、妖しく美しい「残酷な女」との幻想的な怪奇物語である。今回は一人一役ではなく、場面、場面で男優4人が「山賊の男」を、女優2人と男優1人が「残酷な女」を演じるという試みである。
一つの役を複数の俳優が演じて行く、その切り換わりが小気味良い。原作に忠実な中に、「今様(いまよう)」のセリフをポンと挟んでみせるウイット。時々、「同じセリフ」を複数の演者が声を合わせてシャウトする。いずれも、観客を覚醒させ集中に導く、見事な仕掛けだ。
初っぱなから良かった。そして終わりまで、ずうーっと良かった。
上演時間53分。やがて劇の終わり、客演尺八奏者、全盲の真藤一彦(しんどう・かずひこ)氏にスポットライトが当たったとき、観客席にいるぼくたち全員の心はひとつになった。熱い思いを込め、雷鳴のような拍手を舞台に送った。
そしたら、それに続く何秒間か、尺八が、また、狂おしくむせび泣いたのだ。客席に、声にならない声が染(し)み透(とお)ってゆく。それはぼくたちの、さらに一皮剥けた感動、なのだった。
「今日、このお芝居を観て、本当に良かった」
もう一人の自分が、そうつぶやくのを、ぼくは聞いた。
稽古場のフロアーに特設された、劇団員手作りの座席には、空席無し。50名を超える観客が押し寄せた。「アトリエ公演」としては、大成功と言えるだろう。
上演後、劇団代表の斎藤真(さいとう・しん)さん、演出の早野ゆかり(劇団俳優座)さん、出演俳優さん、スタッフさん、その他関係者での「打ち上げ」には、小平稲門会を代表して、竹内が参加させていただいた。
芝居後の打ち上げは、ハンパなく盛り上がる。舞台俳優さんばかりだから、皆さん、とにかく声がデカい。お酒が入ると、それがますます、デカくなる。鼓膜破裂に用心しながら、大いに飲み、そして語った。
(文=竹内、撮影=平早勉)