入山アキ子新年唄い初めライブ
~石井道彌と共に~

小平稲門会の会員・増田峰夫さん(1959法)が代表取締役を務める(株)ワクイ音楽事務所が主催するコンサート「入山アキ子新年唄い初めライブ~石井道彌と共に~」が、次の要領で開催されます。演奏するのは、小平稲門会顧問の石井道彌さん(1952文)がピアノを担当する「石井道彌カルテット」。

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◆開催日=2025年1月5日(日) 
 開場13:30   開演14:00
◆会 場=小平市民文化会館(ルネこだいら)レセプションホール
◆歌=入山アキ子
◆ゲスト=作曲家・大谷明裕
◆チケット=5,000円(税込)
◆チケット申込み先
①ワクイ音楽事務所・増田 080-3127-1547
②入山アキ子後援会・森澤04-2956-0448

◆主 催=ワクイ音楽事務所
◆協 力=小平稲門会、入山アキ子後援会、(株)イリヤマプランニング
◆企画・制作=増田峰夫


第29回美術館を巡る会
サントリー美術館「英一蝶 風流才子」展の報告

英一蝶(1652-1724)をご存知でしょうか。
元禄年間前後に江戸を中心に活躍した絵師です。狩野探幽の弟、安信に学び、絵師としての素養、技倆を身につけました。後に、市井の人々を活写した独自の都市風俗画を生み出しました。
また、松尾芭蕉に俳諧を学んだり、吉原で幇間をするなど、「うきよのわざ」にいろどりを添え、一世を風靡していきました。

ところが、時の幕府を揶揄するなどして、不興を買い、三宅島に流罪になりました。三宅島では、ますます画業に磨きをかけ「島一蝶」と呼ばれました。
後に、将軍代替わりの恩赦で江戸に戻されます。

2024年は一蝶没後300年にあたります。瑞々しい「初期作」、配流時代の貴重な「島一蝶作」、江戸再帰後の「晩年作」からなる過去最大規模の展覧会です。
本展は、私のサントリー美術館時代の学芸員の長年に渡る研究成果の発表の場でもあります。
てなことで、2024年10月28日(月)、サントリー美術館に出かけました。
河崎さんは、事前に高輪・承教寺にある英一蝶の墓参りまでされて来られました。
適度な混雑具合で、じっくり、ゆっくり、楽しめました。
とりわけ、初期の頃の牧歌的な「朝暾曳馬図」(静嘉堂文庫)、島一蝶時代の「布晒舞図」(重要文化財、遠山記念館)、「吉原風俗図巻」(サントリー美術館)、江戸再帰後の「雨宿り図屏風」(メトロポリタン美術館)に魅かれました。

同じ東京ミッドタウンの「フジフイルム・スクエアー」にも立ち寄りました。写真専門のギャラリーです。
パリを代表するカメラマン「ロベール・ドアノー」や日本の巨匠たちの写真集と写真を紹介する展示を鑑賞しました。

懇親会は、近くのフレンチレストラン「セリュー」でフルコースのディナーとフランス産シャルドネのスパークリングワインを堪能しました。

【参加者】6名(50音順、敬称略)
河崎健治、末次浩一郎、瀧川清、竹内吉夫、山本浩、若林覚

第139回ニモクサロンの報告

・日 時:2024年10月10日(第2木曜日)12:00~14:00
・場 所:東大和市駅前ビックボックスB2室 電話042-566-6892
・会 費:2,500円
・参加者(敬称略、五十音順):9名。荒木、井垣、小平、勝見、野村、比留間、森田、山本、横田

《報告》
何と、今日はいつも進行を手伝って下さる、松村さん、鈴木さん、伊藤さんが、揃ってお休みでした。
松村さんが勝見さんにお声をかけて行って下さったそうで、「今日は御手伝いに来ました!」と頼もしい助っ人を申し出て下さいました。ほっ!!
お食事メニューには、やはり不満が出て、イタリアン? パスタとハンバーグだけ? 量が多すぎる? 味が濃すぎる? ・・・困りました。

《今日の話題》
☆ 今日の乾杯の音頭は、お久し振りにご参加下さった森田さん! みなさんお元気で良かったです。乾杯!
☆ 役員の皆様や、同好会の部長さんが皆様ご欠席なので、今日はイヴェントのお誘いがありませんでした。
その代り、長年楽しんで来た同好会の思い出話に花が咲きました。
☆ 同時刻アメリカの野球、ナ・リーグ地区シリーズドジャース対パドレスの試合が行われていて、何となく落ち着かなかったのですが、勝見さんが携帯で経過を調べて下さって、ドジャースが地区シリーズ戦に生き残ったことが分かり大谷ファンは一安心!
☆ 食事が終わってから、前回眼鏡を忘れて資料が良く読めなかったのでもう少し詳しくと、用意された資料を確認しながら、小平さんからアメリカを動かす宗教ナショナリズムのお話を伺いました。八百万の神々が皆大切にされている日本に生まれて良かったとつくづく思う話でした。福音派の応援を受けたトランプ氏が大統領になったら・・・。ピストルで撃たれても命の助かった彼は神のご加護を受けた人だと称賛されているのだそうで、宗教の危うさ、怖さを考えさせられる話でした。
☆ 比留間さんから、新聞に投稿して掲載された記事が披露されました。【わが家の餃子】は、ほっこりさせられる話で、比留間さんのご家庭が、目に見える様でした。最後の5行は胸が熱くなる文章です。比留間さんそこだけご披露させてくださいね。
【・・・焼き立てを一心に頬張っている家族の顔を見るとき、私はこの世で一番の幸せを感じる。そして、私が死んだとき、「もう一度、父さんの餃子を食べたいね」と、子供たちがきっと言ってくれるだろう。私の家族は、餃子でつながっているのだ。】(全文はこちら
その記事には、読者の松浪健四郎(元二階派議員・現日体大理事長)氏から、「・・・家族愛、最高でした。テーマもよく、読ませる文章、玉稿でした。先ずは感想まで。」
松波さんは、産経新聞の社説は読まないが、この投稿エッセイは毎朝読まれているそうです。
感性を磨くため、いい勉強になります。と書かれていました。

●尚、14時から2時間カラオケの会開催、10名の方が参加されました。
参加者(敬称略、五十音順):10名。荒木、勝見、篠原夫人、野村、比留間、増田、森田、山本、お客様(入山アキ子様、マネージャー様)

前回、時々参加されている増田さんから、入山さんも遊びに行きたいと言っているが良いだろうかとお話が有りました。そのお話が本物になってしまって、至福のカラオケの会になりました。比留間さんはデュエットのお相手をして頂いたのですよ(^-^)

♬(^^♪追加情報です!
入山アキ子 新年唄い初めライブ~石井道彌と共に~ 
・特別ゲスト:作曲家 大谷明裕
・開催日時:2025年1月5日(日) 開場13:30 開演14:00
・会  場:ルネこだいらレセプションホール
・チケット:5,000円(税込み)
・申込み先:増田さん 080-3127-1547

(文責:荒木)

第62回散策の会
「旧日光街道を歩く」のお知らせ

1.日時・集合場所
令和6年11月2日(土)13時30分
JR北千住駅北改札口前 集合

2.経路
JR北千住駅→横山家住宅→安養院→勝専寺→足立市場→
奥の細道矢立初めの地→石洞美術館→京成千住大橋駅(解散)

3.参考情報
(1)歩数は約7千歩。
(2)解散後、希望者のみで懇親会を行う。
(3)少雨決行の予定です。

4.申込み先
10月31日(木)までに、松村純夫までお申し込みください。
Email: b50dx(at)jcom.home.ne.jp【 (at)を@に置き換えてください 】
電話:090-6482-5288
(以 上)

第28回美術館を巡る会
東京都美術館「田中一村 奄美の光 魂の絵画」展の報告

第28回美術館を巡る会は、2024年10月2日(水)東京都美術館「田中一村」を鑑賞しました。出品数250件と過去最大級の展覧会で、本人の「最後は東京で個展を開いて、絵の決着をつけたい」という強い思いが通じたのか、沢山の人で賑わっていました。

展覧会は第1章、若き南画家「田中米邨」東京時代。第2章、千葉時代「一村」誕生。第3章、己の道奄美へ。の3部構成でした。

第1章では幼少時から「米邨」と名乗り、天才ぶりを発揮し、数々の南画を描いた米邨を紹介、とりわけ14歳で描いた「池亭聞蛙」には魅入られました。
東京美術学校へ優秀な成績で入学するも2ヶ月で退学、「家事都合」と言っていますが、同級生に、東山魁夷がいたことも影響しているかもしれません。

第2章では、千葉寺の風景画が素晴らしい。郷愁を感じます。日展や帝展に落選を重ね、新しい画題を求めて、日本各地を南下し、最南端の奄美大島に辿り着きます。

ここからが第3章、紬工場で染色工として働き、糊口をしのぎながら「アダンの海辺」はじめ数々の名作が誕生していきます。

没後、その生き様と作品が検証され、昭和54年遺作展、59年NHK「日曜美術館」での特集、奄美大島の田中一村美術館開設で、日本全国に知れ渡りました。

当日の参加者は6名、もっと多くの方々に「美術の楽しみ」を知って頂きたいと念じています。懇親会(参加者4名)は、高田馬場、中華料理「石庫門」で「一村」の余韻に浸りながら、和気あいあいと楽しいひと時を過ごしました。
【参加者】6名(50音順、敬称略)
河崎健治、木本芳樹、小山雄一、福田豊夫人、山本浩、若林覚

第29回美術館を巡る会
サントリー美術館
「英一蝶 風流才子、浮世を写す」展のお誘い

英一蝶(1652-1724)をご存知でしょうか。
元禄年間前後に江戸を中心に活躍した絵師です。
狩野探幽の弟、安信に学び、絵師としての素養、技倆を身につけました。後に、市井の人々を活写した独自の都市風俗画を生み出しました。
また、松尾芭蕉に俳諧を学んだり、吉原で幇間をするなど、「うきよのわざ」にいろどりを添え、一世を風靡していきました。

ところが、時の幕府を揶揄するなどして、不興を買い、三宅島に流罪になりました。
三宅島では、ますます画業に磨きをかけ「島一蝶」と呼ばれました。後に、将軍代替わりの恩赦で江戸に戻されます。

2024年は一蝶没後300年にあたります。瑞々しい「初期作」、配流時代の貴重な「島一蝶作」江戸再帰後の「晩年作」からなる過去最大規模の展覧会です。
本展は、私のサントリー美術館時代の学芸員の長年に渡る研究成果の発表の場でもあります。

10月6日の日曜美術館の45分枠で放送されます。伊藤若冲や、田中一村同様「ブーム」になること請け合いです。「風流才子、英一蝶のブーム誕生」を目の当たりにしませんか。

*神田伯山による、講談風の音声ガイド(10分の講談もあり)が素晴らしい。「英一蝶の魅力と江戸の風俗」におもしろおかしく迫ります。一聴をお勧めします。

◆日 時=2024年10月28日(月)15時-16時30分
◆集 合=サントリー美術館入口 15時
◆鑑賞料=1,700円
懇親会=東京ミッドタウン  カジュアルイタリアン(未定) 17時
展覧会と同時に懇親会出席の有無をご連絡下さい
申込み締切り日=10月21日(月) 若林覚 宛
電話: 090-2498-1512
Email: satowaka3(at)gmail.com【(at)を@に置き換えてください】

第61回散策の会報告
夢の島をぶらぶらと

2024年9月27日(金)

またもや雨(大雨?)の天気予報もあり、欠席される方もある中、雨何するものぞ!と集まった精鋭7名が新木場駅に集合しました。願力が通じたのか雨は小雨となり、夢の島の散策が始まりました。夢の島は、1938年に飛行場建設のため埋め立てが始まりましたが工事は中止となり、戦後の高度成長期のゴミの急増に対応するためゴミの最終処分場となりました。その後、悪臭やハエの大量発生など公害問題が世間をにぎわせましたが1967年にゴミの埋め立てが終了し、1978年には「東京都立夢の島公園」が開園し、現在に至っています。

まずは駅頭で瀧川世話役よりガイダンスを

☆第五福竜丸展示館
1954年に太平洋のビキニ環礁でアメリカが行った水爆実験によって被爆した木造マグロ漁船「第五福竜丸」および付属品や関係資料を展示しています。被爆した第五福竜丸は乗務員23人全員が被爆し、当時日本でも大きなニュースとなり、反核運動が広がりました。第五福竜丸は除染後東京水産大学の練習船となりましたが、その後廃船となり、この近くの放置されていたものを東京都が買い取り1976年に展示館となりました。メンバーはそれぞれ熱心に見学し、いまさらながらに核の恐ろしさを実感しました。

被爆してからちょうど70年

ちょっぴり反核気分になって次に

☆東京夢の島マリーナ
1992年に設置され、係留能力は専用バースで660艘を誇る都内最大級のマリーナ。クルーズやフィッシングなどのアクティビティはもちろんレストランやドックラン、バーベキュー広場も併設する複合マリンレジャー施設となっています。ここをおとずれた頃は雨も止み、豪華なクルーザーが並ぶ景色をゆっくり楽しむことができました。

豪華クルーザーの持ち主はどんなセレブ?

少人数は又違う旅の味が


雨も止んでいざ熱帯植物園へ


☆夢の島熱帯植物館

1988年に開設され、約1,000種の熱帯植物を主に展示する植物園。隣接する新江東清掃工場の余熱を利用しており、中心施設は大温室で、ドームを3つ重ねたような特徴的な外観になっていました。庭園に展示されていた本物の巨大なかぼちゃが誠に印象的でした。

滝の裏にも入れます

日本のハロウィンはひと月も早く始まっていた


大雨予想は見事に外れ、大部分を傘無しで歩くことができました。雨予報のため、どの施設も人はまばらで、皆さんの熱心さからか、想定を上回る約6,000歩の快適な散策でした。

新木場駅で解散後は小平に戻り、おなじみの「よっちゃん酒場」で5名が参加し、懇親会を行いました。夢の島や当日の自民党総裁選挙の話題などを酒の肴に、楽しい酒宴となりました。

【参加者】(五十音順、敬称略)
大河原、栗原、佐藤、鈴木(昭)、瀧川、福田、松村(7名)

                         (文=松村、写真=佐藤、松村)