第54回散策の会報告
元祖山手七福神めぐり

令和5年1月7日(土)

明けましておめでとうございます。

昨年はコロナ禍の中にもかかわらず皆様のご理解を得て5回の「散策の会」が催行できました。多くの方々の参加をいただき、誠にありがとうございました。本年も引き続きご愛顧くださいますようお願い申し上げます。

今回の七福神は目黒駅を中心として左右にほぼ一直線にならび、無駄のないコースでした。それもそのはず、江戸時代からの目黒不動への参詣ルートに従って祀られていたからです。参拝の順序については、白金から目黒に向かうのは無病息災・長寿のご利益があり、逆の目黒から白金へのルートは商売繁盛だそうです。参加メンバーを見れば迷いなく前者のコースとなるでしょう。

ところで、なぜ”元祖“と付くかといえば、2つの訳があるようです。1つは谷中七福神と共に江戸最古の七福神であること。もう1つは「新宿山ノ手七福神」と紛らわしいので混同を避けるためです。ただ各寺院の御朱印は「江戸最初 山手七福神」となっています。

今年はきっと福に包まれる9人衆


☆毘沙門天 覚林寺(港区白金台1-1-47)日蓮宗 
白金高輪駅を出るといきなり日吉坂の上りにかかります。ただゆるい傾斜のうえ、わずか5分で到着ですので助かりました。ここは寺の名より「清正公(せいしょうこう)さま」の方が通用します。そういえばバス停も「清正公前」でした。この通称は加藤清正の位牌や像が祀られているからといわれています。毘沙門天像は境内の毘沙門堂に祀られていました。ただ扉は閉められたままで、暗くてよく拝顔できませんでした。この後さらに日吉坂を上り八芳園の前を通り、瑞聖寺まではとろとろと10分。

とにかく福をいただかなくちゃ

毘沙門天を見せない毘沙門堂

☆布袋 瑞聖寺(ずいしょうじ)(白金台3-3-19)黄檗宗                                                        
大雄宝殿にある布袋像は大きな木像で、片膝を立て眼光鋭く俗界を見下ろしていました。伸びやかな裳階(もこし)を持つ重要文化財の大雄宝殿(本堂)の建築様式と、あの隈研吾氏(国立競技場の設計者)の手になる庫裏のフォルムのコントラストは、さすがに見とれるほどの見事な眺めでした。ここは2019年5月の「白金めぐり」で一度訪れています。

ちなみに隈氏は小平市の中央公民館や福祉会館などを複合化する新しい建物の設計も担当していますし、早大特任教授でもあります。また花小金井駅近くの円成院(えんじょういん)も黄檗宗の寺院で、本堂の姿がよく似ていて、ここも見応えのある雄大な堂宇です。

この後プラチナ通りの入り口に驚安の殿堂ドン・キホーテ店を発見。ところがカラーサインがあの赤黄黒でなくプラチナ色(?)で統一されていました。白金という土地柄を考慮したのかな?それとも住民運動の結果?

水盤に映る美しくも雄大な大雄宝殿

七福神の撮影OKはここだけだった


☆福禄寿・寿老人 妙圓寺(白金台3-17-5)日蓮宗
2体の像はともに20cm前後の木造立像で、妙見堂に安置されていました。白金というイメージから程遠い小さな地味なお寺で、大通りから一歩入った落ち着いた環境の中にあります。

このあと東急目黒駅の脇を通り、かなり急な行人坂(ぎょうにんざか)を下り、大圓寺に向かいます。なお行人坂の名は、大圓寺を拠点とする修験者たちが往来したことによるといわれています。

こじんまりした妙見堂


☆大黒天 大圓寺(目黒区下目黒1-8-5)天台宗
「大黒天」は江戸城の裏鬼門(南西)を守護するために、薩摩藩主島津家から寄進されたものと伝えられ、顔は徳川家康がモデルという伝承があるそうで、金色に輝いています。また境内にある五百羅漢像(都有形文化財)が圧巻です。これはこの寺が火元だった明和の大火(行人坂火事・1772年)の犠牲者の供養のために造られたそうです。他に八百屋お七の恋人吉三(西運)の墓碑もありました。ここの本尊は国の重文に指定されている釈迦如来像(1193年作)で普段は秘仏ですが、運よく年末年始は開帳されていて、拝顔が叶いました。なお、ここは2011年10月の「目黒界隈を歩く」でも訪れています。

大黒様はどこだ?と探すふたり

一切の煩悩を払った修行僧たち


ここまでで約6千歩を費やしました。これ以上歩き、楽しみが苦痛に変わっては本末転倒なので、この後に続く弁財天(蟠龍寺)と恵比寿(瀧泉寺)は割愛して、今回は「五福神・四寺めぐり」としました。これでもご利益はたっぷりでしょう。

帰路に胸突き八丁の行人坂を死の行軍することは何としても避けたいと思っていた折、松村世話役が雅叙園内のエスカレーターを乗り継いで上がるという秘策を授けてくれました。わずかに遠回りでしたが息を切らすことなく目黒駅に到着することができて解散。快晴のもと12回目の「七福神めぐり」はかくして終了、トータル約7千2百歩の散策でした。

今回は新型コロナ第8波の真っただ中、さらには初雪や雨があるかもという予報、加えて翌8日は稲門会も参加する小平市の「新春歩け歩けのつどい」が控えているという、当会にとって参加者減のマイナス要因に囲まれてしまいました。それゆえ参加者が9名というのはやむを得ないところでしょう。

そのうえこの日は山手線外回りが渋谷駅の線路付け替えのため、大崎→池袋間が終日運休という厄日。帰路は目黒駅から地下鉄南北線経由で新宿や高田馬場までたどり着きました。

【散策後の懇親会】
新型コロナウイルス感染防止のため、今回も行いませんでした。

【参加者】
伊藤・大河原・大島・佐藤・鈴木・瀧川・竹内・福田夫人・松村(9名)

(文=佐藤(俊)、写真=松村・佐藤)

第119回ニモクサロンの報告

・日 時:2022年12月8日(第2木曜日)12:00~14:00
・場 所:東大和市駅前ビックボックスC6 042-566-6892
・会 費:2,500円
・参加者:9名。荒木・井垣・伊藤(徹)・大島・佐藤(俊)・鈴木(昭)・野村・松村(敬称略五十音順)

3年もお休みしていたらメニューは中華料理が多くなっていました


《今日に至るまでのご報告》
会場入口で検温、手の消毒、もちろん廊下ではマスク着用…。部屋には大きなウェットティシュの容器がおいてありました。今日のビッグボックス側の準備も、気遣いが感じられました。
実は今回ニモクサロンを開催するにあたっては、10月20日にカラオケ参加の常連さん8名にお願いして会場の下見をしていただき、全員一致でGOサインをいただきました。

また、2年9か月ぶりに開催した11月10日の118回目のニモクサロンは、万が一の問題発生を考えて、有志の開催とさせていただきました。お陰様で13名の皆さんがご参加下さり、久しぶりの飲食を楽しみながらの懇親会も賑わい、カラオケも9名のご参加で盛り上がりました。

3年近いご無沙汰を埋めるように、お一人ずつの近況報告が主でしたが、何処の会でも同じそうですが、やはり病気、入院などのご報告が多く、驚いたり心配したり、また元気に復活されたお話では拍手で喜んだり…。何はともあれ、久しぶりの再会はとんでもなく楽しいものでした。
そして、「やえちゃん頑張って続けてね!」と言う皆さんのお声に励まされて、今日のこの12月の開催にも繋げることが出来ました。とても嬉しいことでした…。

ただ一つ、やはりいつもいらしていた先輩方の何人かのお顔が見えなかったことがとても寂しく、もう少し暖かい時期になったら、きっと穴籠りから出てきて下さると、心よりお待ち申し上げております。少しずつ外出もされて、体調を整えられて春にはきっとお目にかかりましょう!! 

《報 告》
では今日の、第119回ニモクサロンのご報告をさせて頂きます。

実は、木曜日が仕事でこれからずっと参加出来なくなられた久保田さんの代わりに、集金は伊藤徹さん、食事の注文は鈴木さん、その他のサポートを松村さんが仕切って下さいました。頼もしい皆さんの応援で感謝です。

メニューがすっかり変わって前のような乾きものが無いので、ツマミにきゅうりの漬物と枝豆を注文して生ジョッキでまずは乾杯!飲み物の種類が色々増えていたのですが、思いがけず中華料理に代わったお料理は大変早く配膳されて、早速昼食タイムになってしまいました。皆さん美味しかったようですが、結局ビールだけの飲み物になってしまいました。

前回で病気の話が終わってしまったので、今回は話題も色々でした。K・K・メンネルコールの演奏会に出席された方が何人かいらして、塩田先輩から会長職を引き継がれた勝見さんの、堂々とした舞台度胸が話題になりました。会員は早稲田出身者より、慶應義塾出身者がダントツに多いという事で、こんなところでも勝った!負けた!の話題でした。

ラグビー早明戦の応援にいらした大島さん達の話から、ラグビ―の話で盛り上がりました。新しい競技場もなかなか良いとのことでした。これで勝っていればもう一度ここで乾杯!だったのですがねえ~~。

頑張って活動を再開した散策の会のご報告がありました。清澄庭園や江戸資料館など、とても面白かったようで、今回は歩く距離も少なく、またご夫婦で参加される方も多くて、お天気にも恵まれての久し振りの散策は大成功の様でした。

《同好会関係》
まだ昔のように、たくさんのご案内はありませんが、各同好会の会長さん達が少しづつ動き出そうとしていらっしゃるようです。コロナの終息が本当に待ち望まれます。

■2022年12
13日(火) 映画研究会 「ラーゲリより」愛を込めて 12:45~15:10新宿ピカデリー

チケットの手配は既に終了しておりますので、これから参加を希望する方は、鈴木昭助さんへご相談ください。鑑賞料金シニア¥1,200円

■2023年1
7日(土) 散策の会 恒例の「七福神巡り」 来年は目黒界隈です。福を頂きに参りましょう!
12日(火) 第120回ニモクサロン 12:00~14:00 会費2.500円
12日(火) カラオケの会 14:30~16:00(予定) (30分210円)

尚、本日(12月8日)、14:00から2時間のカラオケの会が、松村さんの案内で開催され、別室で6名の方が久しぶりの喉をご披露して楽しんで行かれました。 
・参加者:6名。荒木・伊藤(徹)・比留間・野村・松村・山本(敬称略五十音順)

2月のニモクサロンは、会場ビッグボックスの改装工事の為、お休みいたします。
また、3月につきましては工事の進捗情報が入り次第、改めて広報させていただきます。

(文と写真:荒木)

第26回映画鑑賞会の報告

第26回映画鑑賞会を下記の通り開催いたしました。

■鑑 賞 日 時: 2022年12月13日(火)12:45~15:10
■上 映 館: 新宿ピカデリー
■映画の題目: 「ラーゲリより愛を込めて」(ノンフィクション映画)
  原作、監督、キャストは「第26映画回鑑賞会の案内」の通り。
■鑑 賞 者:荒井、荒木、井垣、伊藤(徹)、大島、瀧川、比留間、若林、鈴木
(敬称省略、9名)


映画を観て
日本の第二次世界大戦の終戦は1945年8月15日であるが、その後もソ連は日ソ不可侵条約を一方的に破棄して満州、朝鮮半島、樺太などで日本の軍人を捕虜として極寒のシベリアの収容所に送り込んだ。
この映画は捕虜が収容所に送り込まれて冬場は時には零下40度、通常でも零下20度という極寒の過酷な状況下で重労働を強いられるなか、捕虜の一人である山本幡男(東京外語大ロシア語科卒)を主人公とした原作「収容所(ラーゲリ)から来た遺書」(ノンフィクション)を 映画化した作品である。

内容は大きく分けると、山本とその妻、子供たち(4人)との家族愛と収容所での過酷な日常の二つが描かれている。

ハルピンで暮らしていた山本の家族はソ連の空襲が激しくなり妻、子供を日本に帰国させ、帰国後に妻は前職の小学校の先生となる。一方、山本は出兵しソ連の捕虜となり収容所では語学を生かしソ連兵との通訳係をしながらも時にはスパイ容疑でソ連兵から数回痛めつけられたりもした。同僚には日本に必ず帰国できると鼓舞し続けたが、自身は癌を患い帰国も儘ならず、同僚の勧めでノート4ページに遺書を書き残し家族のことを思い浮かべながら病院で息絶えた。遺書は収容所内でソ連兵に見つからないようにと、同僚4人が1ページずつ全文暗記して日本に帰還後、個別に山本家を訪れ家族5人全員の前で伝えた。(私は涙を誘われた)。

一方、収容所での捕虜の日常は1日一食(朝支給)で黒パン1枚にスープのようなものだけの食事。極寒の中で丸太担ぎなどの過酷な労働に耐えられない人はその場で倒れ、また日本人同士が軍隊当時の上下関係をソ連兵から利用され上位者からの体罰や虐め、収容所生活に耐えられず脱走しようとするがソ連兵の見張りに見つかり銃殺されその遺体を土に埋める作業を強いられている。
よほど強靭な精神力と体力を持ち合わせていないと生きていけない境遇であったと思われる。

この映画を観て最近のウクライナとロシアのテレビ画面でのウクライナ民間人被害者の姿と重なり、いかなる理由があろうと戦争は絶対におこなってはならないと痛感させられました。

感想会(懇親会)
・場 所:大陸(中華料理)歌舞伎町=靖国通り
・時 間:16:00~17:00
・出席者:8名
・経 費:¥17,880(回収=¥2,200×8名=¥17,600)
【今回繰越=¥3,100(前回繰越)-¥280(今回不足分)=¥2,820】

(2022.12.13 鈴木記)

野菜を知ろう

はじめに

楽農会の中村泰三です。

小平稲門会に入会するきっかけは楽農会で野菜作りができることを知ったからです。
約10年以上野菜作りをしていますが、今年(2022年)の春ごろに野菜そのものについて、例えば、原産地は? 日本への渡来は? その野菜の栄養素は? などについて余りにも知らないということを知りました。

そこで、下記の参考資料を読み込んで野菜について調べることにしました。
調べると意外なことがわかり、楽農会の会員だけでなく、小平稲門会の方々にも知ってほしいと思いホームページに掲載して頂くことにしました。お読み頂ければ幸いです。

参考資料
1. 家庭菜園検定委員会(編). 2009. 『野菜づくり虎の巻―もっとうまくなる家庭菜園教室』. 家の光協会.
2. 家庭菜園検定委員会(編). 2008. 『畑と野菜のしくみ―もっとうまくなる家庭菜園教室』. 家の光協会.
3. 武川満夫, 武川政江. 2007. 『体を元気にする野菜100種の育て方』. 主婦の友社.

(2022.12.5)

第53回散策の会報告

清澄・白河界隈を歩く

令和4年11月26日

「回想法」というものをご存知でしょうか? 神社・仏閣や郷土博物館を訪れると昔を想い出して、脳が活性化するという心理療法の一つです。今回はみなさんの脳にぜひ若返ってもらいたくて、このような場所を訪ねてみました。
(写真はクリックすると拡大されます)

withコロナ時代でも元気な13人


☆深川江戸資料館
(白河1-3-28)(入場料400円)

空模様があやしいので、まずは屋内の「深川江戸資料館」を訪れました。
ここには江戸・深川の町並みがリアルに再現されていました。表通りの大店や路地裏の長屋にはそこの住人たちのさまざまな生活道具が展示されています。船宿の前の掘割には猪牙舟が繋がれ、八百屋の店先には冬野菜が並べられています。鰯雲の空はトワイライトから満月へと見事なグラデーションを見せながら移り変わっていきました。また物売りのかけ声や猫の鳴き声など心憎い演出が各所にみられ、ボランティアガイドの40分にわたる解説を聞きながら、しっかり江戸時代の生活空間にワープすることができました。

江戸・深川の町並みを再現

熱弁のボランティアガイド

船宿の船頭の長屋


☆霊巌寺
(白河1-3-32)

ここは江戸時代の初期に霊厳島に霊厳和尚が建てた寺が振袖火事(1657年)で焼失し、この地に再建されたものです。江戸六地蔵の一つである地蔵菩薩(高さ2.7m)や、江戸中期の老中松平定信の墓に手を合わせました。

なお六地蔵とは深川に住む地蔵坊正元という僧が広く寄進者を集めて、病気平癒を願って江戸の出入り口に造立したもので、水戸街道に置かれたのがここです。その他の品川の品川寺(東海道)、新宿の太宗寺(甲州街道)巣鴨の真性寺(旧中山道)の地蔵はすでに当会としては拝顔していて、残りで現存しているのは浅草の東禅寺(奥州街道)にあります。

『皆の衆 足元に気をつけての』


☆清澄公園
(江東区清澄2丁目、3丁目)(入場料65歳以上70円)

次は近くに広がる「清澄庭園」へ。こんな所にこんな素敵な公園が!と思うような場所です。ここは江戸時代には紀伊国屋文左衛門の屋敷だったといわれていますが、明治の初期に三菱の創業者の岩崎弥太郎が造成し、弟の弥之助が大改造した回遊式築山林泉庭園です。錦秋の時期を狙った甲斐があり、池面に映るイチョウやモミジが鮮やかな色彩を重ねていました。池の中には「磯渡り」という飛び石づたいに歩くルートもありましたが、なにせご高齢者集団、よろけてドボン!では洒落にもならないので、面白さを避けて安全な道を選択しました。当会でこれまでに見た大庭園はほとんど大名庭園でしたが、ここは旧古河庭園と共に明治の実業家の作った珍しいものです。それに全国各地から取り寄せた数多い奇岩珍石も見慣れぬものばかりでした。石が滝となり山となり川となる造形の妙は、興味ある人には必見でしょう。「東京都指定名勝」になっています。土曜のせいか入園者もほどほどありました。

黄・緑・赤そして雪吊りに囲まれて

石で流れと滝を造形

曇りだったのが残念


その後、隅田川近くを北上し相撲の「大鵬道場・大嶽部屋」(元十両大竜)の前を通ります。ここは九州場所を沸かした王鵬(大鵬の孫)が所属しています。いまは相撲部屋といってもごく普通のマンションで、看板がなければそれとは分かりません。

☆萬年橋(清澄3~常磐1)
小名木川に架かる鉄橋で昭和5年に建造されました。この橋のたもとが清洲橋のもっとも美しく見える角度とされています。江戸時代の木橋は、船の航行を妨げないようにと高く虹型に架けられていて、葛飾北斎の「富嶽三十六景」、歌川広重の「名所江戸百景」でも見られます。

橋を渡り、芭蕉の住み家(芭蕉庵)があったといわれる場所、いまの芭蕉稲荷神社を参拝しました。大正時代に台風による高潮でこの界隈が浸水し、水の引いた後、芭蕉が愛好したと思われる石蛙がここの土中から出土したことに由るようです。

「ふる池や 蛙飛こむ 水の音」


☆芭蕉庵史跡展望庭園
(常磐1‐1-3)

ここは小名木川が隅田川に注ぐ角地にあるごく狭い公園です。ここにある芭蕉の座像は午後5時になると、なぜか隅田川に向かって自動的に向きを変えるそうで、力を入れて押してみたら、確かにわずかに動きました。芭蕉に夜の暗い水面を眺めさせ、どういう意味があるのでしょう。月でも眺めさせたいのでしょうか?

芭蕉ってこんな顔なの?


このあと再び萬年橋から別の小路に入り、「高田川部屋」(元関脇安芸乃島)を眺め、清澄白河駅へ引き返しました。幸い雨には見舞われず、二時間半・約6
千歩の旅は無事終わりました。

ところで、近江商人の「三方よし」風にいえば、当会は「参加者よし」・「訪問先よし」・「世話役よし」(手前味噌)の関係にあります。とりわけ「訪問先よし」はレガシーを現在まで維持・管理されている関係者のさまざまなご努力があればこその結果です。心よりリスペクトを捧げます。そして「参加者よし」と「世話役よし」はウィンウィンです。

【散策後の懇親会】
新型コロナウイルス感染防止のため、今回も行いませんでした。

【参加者】
市川・伊藤・大河原・大河原夫人・梶川・國友・小林・古林・佐藤・竹内・松村・山本・山本夫人(13人)

                  (文=佐藤(俊) 写真=松村・佐藤)

第54回散策の会のお知らせ

第54回散策の会のテーマは「元祖山手七福神めぐり」です。

1.日時・集合場所
令和5年1月7日(土)午後1時
東京メトロ南北線・都営三田線 白金高輪駅 1番出口の地上に集合

2.経 路
白金高輪駅→覚林寺(毘沙門天)→瑞聖寺(布袋)→妙円寺(福禄寿・寿老人)→大円寺(大黒天)→目黒駅(解散)

3.参考情報
(1)歩数は約7,000歩、所々アップ・ダウンあり。

(2)トイレは目黒駅近辺と大円寺にある。
(3)都営地下鉄はシルバーパスが使える。
(4)解散後の懇親会は行わない。

参加の申し込みは1月5日(木)までに佐藤(俊)の下記あてにお願いいたします。
t-sato(at)ion.ocn.ne.jp 【 (at)を@に置き換えてください 】
または 090-9149-8977

なお、当日は各自で検温や体調チェックのうえ、マスクの着用およびソーシャルデスタンスの保持をお願いいたします。
(以 上)

ワイン研:世話役交代と会場変更のお知らせ

2022年11月21日
ワイン研究会・井垣  昭

コロナ禍のため、ワイン研究会例会は第68回(令和2年2月)開催以降休会を続けていますが、コロナ禍の状況を見た上で、来年1月または2月の再開を予定しています。これを機に下記の変更を行い、新しい態勢での再開となりますので、お知らせいたします。

1.世話役の交代
これまで荒木彌榮子さん(1964文)のサポートのもとに井垣昭(1961法)が世話人代表(会長)を務めてきましたが、例会再開を機に、
・河崎 健治 さん(1971政経、小平稲門会幹事)、
・冨平 茂 さん(1972理工)、
のお二人が世話役として新たに会の運営に携わり、河崎さんに代表(ワイン研会長)を務めていただくことになりました。
1.会場の変更
会場としてお世話になった「カサグランデ」の営業時間変更もあり、会場を「こもれび」(西武新宿線小平駅南口傍・「永田珈琲」店の別室)に変更しての再開を予定しています。

ワイン研再開の詳細については、改めてこのホームページでお知らせいたしますので、奮ってご参加ください。

(以 上)

第26回映画鑑賞会のご案内

映画研究会は、第26回映画鑑賞会を下記の通り開催いたします。
(注)コロナ感染状況によっては鑑賞会の中止もあり得ますのでご承知おきください。中止の場合は決定次第お伝えいたします。


◆鑑賞日:2022年12月13日(火)
◆映画の題目:「ラーゲリより愛を込めて」
・原 作:辺見じゅん
・監 督:瀬々敬久
・キャスト:二宮和也、北川景子、松坂桃李、中島健人、他
◆映画の内容=ノンフィクション「収容所から来た遺書」の映画化で第2次世界大戦後にソ連軍の捕虜としてシベリアの収容所(ラーゲリ)に抑留された日本人・山本幡男氏の姿を描いた作品です。
【以下、映画館の案内から抜粋】
第二次世界大戦が終結した1945年。シベリアの強制収容所では、ソ連軍の捕虜となった山本幡男ら多くの日本軍兵士たちが収容されていた。わずかな食料しか与えられず、零下40度という過酷な状況下で重労働を強いられる彼らに、山本は「生きる希望を捨ててはいけません。帰国の日は必ずやって来ます」と訴え続ける。山本の信念と仲間を思う行動に勇気づけられる捕虜たち。8年後、山本のもとへ妻からのはがきが届き、帰国の日は近いと感じる山本だったが、その体は病にむしばまれていた……。
◆上映館 =新宿ピカデリー
◆集合場所=新宿ピカデリーチケット売り場前
◆集合時間・上映時間=夜間は避けます。
上映時間が未公開のため集合時間等は12月9日前後に改めて「第26回映画鑑賞会の案内(2)」でお知らせいたします。
◆鑑賞料金=①シニア1,200円、②一般=1,900円(チケットは鈴木が用意いたします)
◆参加申し込み:12月8日(木)まで下記に申し込みください。
(チケット予約をする関係で12月9日以降のキャンセルは料金をいただきます)
・鈴木昭助の携帯:080-6519-8720
・Email:k5sytth7(at)jcom.zaq.ne.jp【(at)を@に置き換えてください】 
(以 上)

第25回映画鑑賞会の報告

第25回映画鑑賞会を下記の通り開催いたしました。


■鑑  賞  日  時: 2022年11月7日(月)10:00~12:00
■映画 の 題目: 「百姓の百の声」(ドキュメンタリー映画、監督:柴田昌平)
■上  映  館: ポレポレ東中野
■鑑  賞  者: 松村、鈴木(敬称略、2名)

【映画を観て】
監督の柴田昌平氏は東京大学在学中から民族文化に興味を持ち、そのドキュメンタリー映像を制作することを志し、卒業後NHKを経て民族文化映像研究所で3年間、日本の漁村、山村を回って記録映画を製作している。

この映画は監督が日本の農家を回り農産業の現状を見て農業従事者の知恵、工夫を大半はインタビューを通して映し出していた。
数々の知恵を出し工夫を凝らしている場面があったが、例を挙げると、農業従事者の減少により維持不能となった数多くの農家の耕作地をまとめて(耕作面積はディズニーランドの数倍)大型耕作機を購入し生産受託をおこなっている40歳代と思われる人とか、ある人はハウス栽培でキウリやトマトの量産化に成功、ほかの人はシャインマスカットの双子栽培(表現が難しい)に成功。また、シャインマスカットの生産者は国会で現在法令化されようとしている種苗流出防止法に触れて、他国が日本の高品位な種苗を不正使用して生産されても、それだけ市場が拡大することなので喜ばしいことであり、自分たちはそれ以上の高品位の種苗を開発意欲につながるとの強気ともいえる発言もあった。

何れにしても若年層の農業従事者が激減している中で知恵、工夫を出し効率化を図り持続しようと懸命に努力している姿が映し出されていた。大変興味深かったです。

■上映後に監督の挨拶:この映画の製作経緯等の説明あり。
■懇親会:参加者2人のため無し。松村さんと2人で海鮮丼を食し解散。

(記 2022.11.8 鈴木昭助)

第22回美術館を巡る会
練馬区立美術館「日本の中のマネ」展

「モネかマネか? モネだ。しかしマネのおかげでモネはあるのだ。モネよ、おめでとう。マネよ、ありがとう」は、1866年、雑誌ラ・リュースに掲載された戯画のキャプションだ。

マネは、モネたちの8回に渡る「印象派展」には一度も出品していない。従って印象派ではない。しかしモダニズムの旗手として、印象派始め後世の画家に、大きな影響を与えた。(ミレーやクールベの社会主義的リアリスムに続き、都市生活を描いた新リアリスムとも言われている)

日本にある作品は油彩・パステル画で17点と少ない。そのうち7点が出品されている。(版画作品は多数出品)
それを堪能しながら、近・現代の日本美術に与えた影響を考えてみようというものであった。オルセー美術館所蔵の「草上の昼食」「オランピア」など代表作がないのは残念だが、美術史的にも大いに意義のある展覧会であった。

以下、印象に残った作品。
・マネ    散歩(ガンピー夫人)
・石井柏亭  草上の小憩      マネ 草上の昼食 の影響
・片岡銀蔵  融和         マネ オランピア
・森村泰昌  美術史の娘      マネ フォリー=ベルジュールのバー
・福田美蘭  ゼレンスキー大統領  視線が草上の昼食に似ている

*冒頭、小野寛子主任学芸員から、見どころ紹介のレクチャーがあった。

尚、10月11日(火)BS日本TV「ぶらぶら美術博物館」、16日(日)NHK 日曜美術館アートシーンで紹介された。
美術館の前庭「幻想美術動物園」(20種類32体のファンタジーな動物彫刻)を楽しんだ後、カジュアル・イタリアン「スノーグース」でピザ・パスタのランチミーティング。久方振りのリアルな会食であった。10月13日(木)11時~14時。

(文・写真=若林 覚)

【参加者】荒木彌榮子、伊藤 徹、河崎健治、小山雄一、末次浩一郎、滝川 清、松村純夫、山本 浩、若林 覚(9名)