第35回美術館を巡る会
東京国立近代美術館
「下村観山展 描いたのは、夢幻の世界」のお誘い

下村観山(1873~1930)は、紀伊徳川家の能楽師の家に生まれ、橋本雅邦に学び、東京美術学校の第一期生になりました。卒業後は同校で教鞭をとりますが、校長の岡倉天心とともに辞職し、日本美術院の設立に参加します。
茨城県五浦を拠点に、横山大観、菱田春草、木村武山らと、日本画の革新を目指します。

狩野派、大和絵、琳派の技法に通暁し、西洋美術の色彩感覚あふれる唯一無二の「観山芸術」に触れてみませんか。関東では13年振りの大回顧展とか。渋沢栄一が依頼した絵も出ます。イギリス留学中に描いた「ディオゲネス」(大英博物館蔵)も里帰りします。

ご参加、お待ち申し上げます。

◆日 時=2026年4月3日(金) 15時30分~17時
◆集 合=東京国立近代美術館入口(東京メトロ東西線・竹橋駅3分
鑑賞料=2,000円(前売り1,800円) 
◆懇親会=パブ・サントリアン(パレスサイドビルB1) 17時~19時
◆申込み締切日=3月27日(金)  若林覚 宛
電話: 090-2498-1512
Email: satowaka3(at)gmail.com 【(at)を@に置き換えてください】
展覧会と同時に懇親会出席の有無をご連絡下さい。

このところ参加者が少ないため、年間予定を掲載しました。あらかじめ、ご予定いただければ幸いです。

第101回ワイン研究会のご案内

ワイン研究会会長 河崎健治

各位

立春も過ぎましたが、今日明日と寒さが厳しくなっています。皆様、お変わりないでしょうか?

ワイン研究会は2月20日(金)午後3時より小平駅南口の永田珈琲「こもれび」で開催します。

今月は皆様にはもう縁がないかもしれませんが、14日はバレンタインです。
20日は1週遅れではありますが、甘いスパークリングで乾杯したいと思っています。イタリアのモスカートダスティ、マスカットのワイン用品種で醸造されたスパークリングワインです。

その他、冬はタンニンがしっかりした赤が相応しいのでカベルネソービニヨンとスパイシーなシラー、イタリアのネッビオーロを揃えました。種の違いを味わってください。

原則、皆さんからのワイン持参は必要ありませんが、持参も歓迎です。
では当日、お待ちしています。

稲酔会2026年1月例会

寒波到来の寒い1月28日(水)に新年会を兼ねた稲酔会を「虎居」で行いました。
美味しい料理と〆張鶴・黒霧島を味わいながら選挙、事件など各種の話題で盛り上がりましたが、今回は最近発行された、多摩地域で皆さんに愛されている飲み屋を紹介した書籍『ただいま酒場』(けやき出版)に「虎居」が紹介されており、その記事に稲酔会の写真が掲載されていて、それを見て皆でワイガヤのひと時を過ごしました。

『ただいま酒場』に掲載された「虎居」の記事と写真


今年も稲酔会でストレス解消して楽しい一年にしましょう。

【参加者(敬称略、50音順)】井垣、伊藤、小菅、瀧川、百々、中村、野村、増田、松尾、松村、山田、山本、計12名。

(文=中村泰三)

第100回ワイン研究会報告

開  催  日: 2026年1月16日(金) 15:00~17:00
開催場所: 永田珈琲店「こもれび」

当ワイン研究会は2014年1月17日、井垣・前会長による、第1回の研究会開催から今回で100回目の開催となりました。毎月第3金曜日に開催し、コロナ禍による休会を経て一昨年、場所を小平駅南口の永田珈琲「こもれび」に移し、再開されました。毎回、7~8名のメンバーでワインを飲みながら、楽しい歓談の時を過ごしています。

今月は「冬に相応しいワイン」をAIに相談し、3本購入しました。AIは便利なもので、テーマ、希望価格を入れて検索するとお勧めのワインが提示されます。今月はオーストリアとアメリカの赤、チリの白でした。

最初はオーストリアのツヴァイゲルト種の赤ワインで乾杯。この種は初めてでしたが、癖もなく、飲みやすいワインでした。

次はY氏が持参された、ウクライナ産のオレンジワイン。オレンジといってもミカン類から醸造されているわけではなく、白ブドウを果皮と果汁を一緒に発酵させて造ります。黄色の色素が抽出されて、オレンジ色になります。赤ワインや白ワインと違い、どんな料理にも合う、と言われています。同国出身の元プロテニス選手、セルジー・スタホフスキーが経営するワイナリーです。  

3本目はカリフォルニアのジンファンデル種を使った赤ワイン、樹齢60~80年の古樹から醸造されたワイン、凝縮された果実味とスモーキーなニュアンスが感じられました。

最後はチリ産のシャルドネ。チリワインはコスパがいいことでも知られていますが、チリ最高の醸造家と称されるマルセロ・レタマルによる製造です。
左から、STAKHOVSKY  オレンジ  ウクライナ、Lenz Moser Blauer Zweigelt 赤 オーストリア、Bogle Vineyards Old Vine 赤 アメリカ、Reta Clos Espinal 白  チリ。

「こもれび」さんから提供される料理は豪華、かつボリュウムがあり、最後に出されるコーヒーは各自に違ったカップ&ソーサーで提供され、流石、コーヒー店、といつも大好評です。店で出される料理の値段を聞いて、会費で採算がとれるのか、と皆さん心配していました。

次回は、2月20日(金)開催です。

【参加者(50音順、敬称略)】8
井垣、伊藤、上村、河崎(文責)、小菅、牟田、山本、若林 

第67回 散策の会報告
下谷七福神めぐり

令和8年1月6日(火)

新年恒例の七福神めぐりは、本年は「下谷七福神めぐり」を企画しました。集合場所の鶯谷駅北口に着くと、何と「W」の旗を掲げた集団が!お聞きすると練馬稲門会で、我々と同じ七福神めぐりとの事。さすがの30名の大集団。お先に出発されました。我々はいつも通り瀧川世話役のガイドの説明を受け出発しました。

説明を受けていざ出発


(1)寿老神 元三島神社(台東区根岸1-7-11)
寿老神は社殿の奥に祀られていました。この神社は愛媛県大三島の大山祇神社の分霊を勧請し、上野・浅草・この地へと移転。今はラブホテルに囲まれた高台にあります。

奥に鎮座する寿老神


(2)福禄寿 真源寺(下谷1-12-16)
境内の小さなお堂の中に二頭身の福禄寿が祀られていました。
ここは太田蜀山人の「恐れ入り谷の鬼子母神」の方が有名です。鬼子母神とはインドの神話に出てくる女神で、日本では子授け・安産・子育ての神として祀られています。正確には「きしもじん」ですが、一般的には「きしぼじん」と呼ばれています。また夏の朝顔市も有名。

鬼子母神の福禄寿


(3)大黒天 英信寺(下谷2-5-14)
本尊は弘法大師作と伝わり、正面が大黒天、右は弁財天、左は毘沙門天という「三面大黒天」で、ガラスケースに入れられた黒い木像でした。

珍しい三面大黒天


(4)毘沙門天 法昌寺(下谷2-10-6)
毘沙門天像は小さなお堂の中で黒光りする木彫の軍神です。
他にボクサーでコメディアンのたこ八郎の地蔵がありました。

黒光りする毘沙門天

           
(5)小野照崎神社(下谷2-13-14)
仁寿年2(852年)に平安時代を代表する歌人・学者の小野篁(おののたかむら)公を祀る神社として上野に創建。後に現在の地に移り江戸後期には菅原道真公も祀られており、学問の他、芸能にも御神徳があるとされています。江戸時代に富士山の溶岩を使って築かれた境内の富士塚「下谷坂本富士」があり、国の重要有形民俗文化財に指定されています。

お正月モードの小野照崎神社


(6)弁財天 弁天院(竜泉1-15-9)
厨子に入った木彫の弁天様です。常陸国下館藩の水谷勝隆が上野の不忍池に弁天堂を建立したとき、同時に下屋敷があったこの場所にも祠を建て弁財天を祀ったため両社は姉妹弁財天と呼ばれています。河の化身の弁天様だけに境内には池や橋がありました。

顔出し弁財天


(7)鷲神社(千束3-18-7)
天日鷲命(あめのひわしのみこと)と日本武尊(やまとたけるのみこと)を祀る神社。毎年11月、開運を願って熊手を求める人々で賑わう「酉の市」が有名で、商売繁昌を始め学業成就や厄除けのご利益もあるとか。ここにも七福神の寿老人がありますが、浅草名所七福神のほうに数えられています。

鷲神社をバックに集合写真


(8)恵比寿 正宝院(竜泉3-11-11)
小さな堂のガラスケースに入った小振りな恵比寿様でした。ここは「飛不動」という名の方が有名。住職が本尊を背負い奈良県の大峯山へ修行に行った際、本尊だけが一夜にして空を飛び、江戸に帰って来たという由来からこのように呼ばれるようになったそうです。古くは病魔や災難を飛ばしてくれると信仰され、現代は航空関係者や海外旅行者、宇宙開発関係の人々の参拝が多い。また「落ちない」ということから合格祈願も多いとか。

小振りな恵比寿様


(9)布袋尊 寿永寺(三ノ輪1-22-15)
布袋尊は露天に置かれた大きな石造で、豪快に笑う姿が印象的でした。お寺は寛永7年(1630年)の建立で、徳川二代将軍秀忠の妻の侍女だった寿永法尼という尼が秀忠を弔うためにこの地に庵を営んだことが始まりだそうです。

豪快に笑う布袋尊


今回の七福神めぐりは比較的近距離に集中しており、好天にも恵まれ久しぶりに7か所全部を回ることができました。参加者全員と小平稲門会に、本年、福を呼び込めることを願いつつ,三ノ輪駅にて解散しました。その後、有志9名にて高田馬場「清瀧」にて喉を潤した後、久々に満員電車に揺られて帰宅しました。

【参加者(五十音順、敬称略)】
伊藤(木谷さんの友人)、大河原(忠)、大河原(眞)、河崎(健)、河崎(和)、木谷、木本、末次、瀧川、松村、山田、山本、計12名 。 

(文・写真=松村)

第4回読書の会のご案内

読書の会の第4回例会を、次の要領で開催します。

◆日時=2026年2月28日(土)14:00~
◆会場=美園地域センター 第2娯楽室
        
◆課題図書=向田邦子著『父の詫び状』(1978年に発表したエッセイ集)
本書に収録されている「父の詫び状」は、
こちらで読むことができます。
◆問合せ先=樋口昌典

(以 上)
 

稲酔会12月例会の報告

2025年最後の稲酔会は12月24日のクリスマスイブに重なりましたが、 いつもより多くの方々が参集されました。忘年会を兼ねましたが、忘れてならないことが多かった年で、 特に日本初の女性総理の誕生、熊の被害、主食のコメ騒動等々を話題にし、そして、ホワイトクリスマスの熱唱があり、あっという間に楽しいひと時が過ぎ、来年の再会をお約束してお開きとなりました。

【参加者(敬称略、50音順)】伊藤、大島、木谷、栗原、小菅、瀧川、百々、中村、野村、増田、松尾、松村、山本の13名。

(文=中村泰三)

『梅が実るまで~津田梅子の生涯~』

今から40年前のこと。津田塾大学校舎・ハーツホン・ホールの屋根裏から数千を超える手紙が発見されたという。それらは津田梅子がアメリカの恩人や友人に当てて書いたもので、経緯は不明だがいつの時期にかアナ・ハーツホン(梅子の学校運営を支えた同志)の手に渡り、トランクに保管されたまま大戦の混乱で行方不明になっていたものだったのだ。

津田梅子(撮影:平早勉、以下同)


令和7年12月の劇団俳小アトリエ公演『梅が実るまで~津田梅子の生涯~』は、これらの手紙にインスパイアーされた脚本家・武末志朗氏の書き下ろし脚本によるもので、同氏の演出のもと、梅子ゆかりの小平に拠点を構える劇団俳小の精鋭メンバーが上演と取り組んだ。

小平稲門会・観劇の会からは、山本浩さんご夫妻(13日公演)、石井伸二さんと竹内(14日公演)の4名が参加した。花小金井の稽古場にしつらえられた客席は56。早々にソールドアウトになったとのことで、入ってゆくと満席であった。

一次資料としての手紙は、時代の空気を直接伝える生の声である。梅子が残した幾多の文(ふみ)から紡がれたストーリーは、梅子を巡る明治の女性群像、そして伊藤博文をはじめとする男性協力者たちの姿を生き生きと描き出す。そのうねりは、女性の地位向上、男女同権へと収斂する。
梅子が目指したのは、
「男性と協力して対等に力を発揮できる、自立した女性の育成」
だったのだ。

帰りの汽車

梅子からの手紙

終盤に至り、セリフの中でひとこと触れられる、
「防砂林」
というキーワード。
昭和2年、関東大震災で都内を追われた女子英学塾(津田塾の前身)が小平にキャンパスを構えるに当たり、真っ先に取り組んだことが防砂林の整備だったという。

筆者が小学生時代を過ごした昭和30年代の小平では、冬から春にかけ、武蔵野台地をゴーゴーと吹きすさぶ北風が、目も開けられないほどの土煙を舞い上がらせた。空は真っ暗。その上に、何やら黄色だか茶色だか朱色だかの丸いものがポツンと浮かんで見えるのだが、それが、要するに太陽なのだ。学校から家に帰り、鏡を見ると鼻の穴は真っ黒け。「防砂林」のひとことから、少年の日に嗅いだ乾いた土の匂い、口に入ってしまったその舌触り、耳の奥で鼓膜を相手に砂粒が奏でるマラカスみたいな音までもが思い出されるのだった。

しかし、である。小平が深刻な砂塵・強風災害に見舞われたと記録される昭和初期の風と土の暴力は、昭和30年代のそれとは比べようのないものだったろうと推測されるのだ。
そんな思いに浸っていると舞台の上では、
「『昨夜は嵐』。それが梅子の絶筆だった」
というエピソードが語られている。

英語で日記を綴っていた梅子が書いたその原文は、
“Storm last night.”。
「昨夜は嵐」。

いや、梅子先生。あなたの人生、本当は、
「昨夜も嵐」
ではなかったですか。

そしていよいよ終幕。梅子没して11年となる昭和15年。塾が創立40周年を迎えたのを記念して80歳の盟友アナ先生が行った静かな演説。それは過ぎ去った日々の全てを呑み込んでくれるもので、梅子は困難の後にきっと安らぎを迎えたのだろうと思わせてくれる、ハートウォーミングなものだった。あれ、良かったなあ。

(2025年12月24日、竹内吉夫)