第46回散策の会報告

旧江戸川べりを歩く

令和元年11月16日(土)

ひとりひとりの秋、でもその秋を共有する機会がまた参りました。今回は江戸川区です。江戸川区といえば小平から見て東京都での対極の地に存在するというイメージがあります。それもそのはず、これまでの散策の中で、直線距離では小平から最も遠く(約40㎞)へ行くことになります。それに23区の内で、当会としてこれまで足を踏み入れていない空白区の一つです。そこで1度行ってみようかなという漠とした思いから企画してみました。なお、未踏区にはまだ足立区と杉並区が残っています。次回と次々回にはそこを訪れようと考えています。

先日、テレビで「人間には走れる時期と、歩ける時期と、歩けない時期がある」と言った人がいました。その時は事業経営について述べたのですが、私は文字どおりの意味で捉えました。我々には「走れる時期」はもはや過去のもの、いま与えられている「歩ける時期」を大いに利用したいものだと。そこで今回は原点に戻り愚直に歩くことに専念しました。小春日和の穏やかな午後、18人もの方々に参加していただきましたが、このコースはこれといった目玉もなく、魅力の乏しさは否めませんでした(策定した私の責任ですが)。ただ強がりをいえば、コースの大半が川辺だったことは「川」がない小平市民の目には救いでした。

秋空の下、川風に吹かれての川べりの散策は一番奥の地点まで・・・


☆古川親水公園(江戸川6丁目)
「古川」はもとの名を「舟堀川」と呼ばれていましたが、行徳産の塩を運ぶなど江戸へ向かう船便が増えたため、近くに新しい運河「新川」が掘削されました。そこでここは「古川」と名を変え、どぶ川となってしまいましたが、昭和49年に全長1,200 mもの日本初の親水公園に生まれ変わりました。

川幅2~3 mほどの小川で、子供が水遊びできるように底にきれいな石畳が敷かれた浅い流れの箇所、クスノキ・モチ・タモなどの木々やベンチが配置され憩いの場など、さまざまな配慮がなされています。都営地下鉄一之江駅から25分も歩いてたどり着きました。

水遊びも楽しい親水公園

まずは全行程の案内地図を見る

☆宇田川家長屋門(江戸川5-4)
江戸時代後期の茅葺き平屋の建物で、村役人の屋敷だった所です。両脇の武者窓と土台石から直接立っている柱が特徴です。手前には自然石に「行徳道」と刻まれた道標がありました。

江戸後期の役人の家の特徴をきく

両脇に武者窓のある長屋門の前で

☆熊野神社(江戸川5-7-6)
ここは江戸中期の創建で、芭蕉の「茶水くむ おくまんだしや 松の花」の句碑があります。「おくまん」とは熊野神社、「だし」とは堤防を守るため杭を並べることです。ここは川が大きく湾曲して流れが速く、たくさんの杭が打たれてあり、深い瀬となっていました。そのため水がきれいで美味しく、将軍家の茶の湯にも使われたそうです。イザナギノミコトを祀るので、舟人たちは航行してこの前を通る時、帆を下げて安全を祈ったといいます。

芭蕉の句碑(左下は「芭蕉」の名を拡大)

こじんまりとした熊野神社

☆旧江戸川べり(江戸川区・千葉県市川市)
熊野神社から瑞穂大橋と今井大橋を渡り、25分ほど歩くと市川市側の旧江戸川の土手に着きます。土手の上の遊歩道に上がり、さほど変化のない一本道を上流に向かって歩を進めていきます。目の下には秋晴れの空を映した薄茶色の水が、それと分からぬほどのスピードで流れています。杭の上には海鵜が羽根を休めています。川岸近くはウォーターフロントマンションが並び、またプレジャーボートがあちこちに数多く係留されていました。ここは淡水と海水が混じった汽水域が大部分を占め、シーバス(スズキ)やチヌ(クロダイ)が釣れるからです。

「瑞穂大橋」からの風景。 望遠で見ると夥しい数のプレジャーボートが・・・

まだ余裕の笑顔? 煙突の先まで歩くとは知らずに


旧江戸川は東京都と千葉県の境界を流れるかつての江戸川本流で、今は市川市の江戸川水閘門で江戸川から分岐し、東京ディズニーリゾートと葛西臨海公園の間で東京湾に注いでいます。大正8年に「江戸川放水路」が掘削され、さらに昭和18年に「江戸川水閘門」が建設された時にここは「江戸川」から「旧江戸川」と名称が変わります。さらに昭和35年には「江戸川放水路」が「江戸川」に呼称変更というややこしい経緯があります。

江戸時代には水運の動脈として、野田の醤油や行徳の塩、成田山への参拝客などを運ぶ船便の往来が盛んだったそうです。歩を進めるうちに地下鉄行徳駅に近づき、土手から降りました。

【散策後の懇親会】
東西線で17もの駅を過ぎ、ホームタウン高田馬場駅に到着。ここまで来るとやはりホッと一息、異国から帰国したという気持ちです。思えば今日は“流れ”づくしでした。最後はビールがのどに流れ落ちることを願い「土間土間 高田馬場店」の扉を開けます。「すきやき鍋」を突っつけば“笑わぬ男”などいろうはずもなく、“ワンチーム”で盛り上がりました。

帰り際、隣の席に10数人の学生グループが入って来ました。彼等がワセダの後輩と分かるや、我等の酔人が突然「紺碧の空」を大声で歌い始めます。やはり我々は生涯ワセダを卒業できないようですね。

【参加者】
荒木・井垣・伊藤(徹)・大河原・大河原夫人・大野・小川・梶川・國友・栗原・佐藤(俊)・佐野川(國友の友人)・滝沢・竹内・千葉・土井・松村・山本(18名)

(文=佐藤(俊)、写真=荒木)

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