大泉の白子川沿いの森を歩く 平成28年11月19日(土)
練馬区の西部を流れる白子川沿いには、雑木林が生い茂る小さなお山が点在しています。練馬区はこれらを「憩いの森」と名付け、昭和50年から区民に開放しました。
そこで今回の散策は、住宅地の中での雑木林をめぐり“紅葉狩り”を目論みました。ところが、あぁなんて不運。前日は快晴、翌日は20度近い小春日和だったのに、散策催行の日は前夜半から雨。幸いスタート直前にはあがったものの、曇天の肌寒い日でした。目的とした紅葉・黄葉こそありましたが、陽に映える鮮やかさは残念ながら空振りに終わりました。時期的にも少し早かったようです。
石神井公園駅からバスに乗り「土支田八幡宮」で下車、寒い旅はここから始まりました。
★土支田八幡宮(土支田4-28-1)
村内にあった八幡社・神明社・稲荷社を合祀して、明治7年に北野神社としたが、昭和22年に土支田八幡宮と改称しました。人っ子一人いない“村の鎮守様”というたたずまいですが、節分・初午・盆踊り・秋の例大祭ではかなりの人出で賑わうそうです。
スギ・ヒノキ・イチョウ・アオキと、練馬区の神社で一番樹木の多い境内を持っています。
★越後山(えちござん)の森緑地(大泉町1-19)
八幡様からだらだら坂を登り切った所にある、それほど大きくない雑木林です。イヌシデやコナラが多く、白子川を展望できるポイントでした。
★稲荷山憩いの森(土支田4-14)
白子川右岸台地の傾斜地の雑木林で、スギ・イチョウ・カシなどがあります。春はコブシやサクラの花が咲き、今は数少ないけれど紅葉がきれいでした。
区内の「憩いの森」の中では最も広く、山頂からは大泉1丁目の町並みが広がります。
★清水山憩いの森(大泉町1-6)
たどり着いてびっくり。周りはフェンスで囲まれて立入禁止状態で、中には大きな重機も入り整備工事中でした。
ここは昭和50年に「憩いの森」の第一号に指定された所です。白子川の右岸台地の北斜面にあり、都内では貴重なカタクリの大群生地で、30万株の花が咲く3月には見物客で賑わいます。「東京名湧水57選」に選定されています。
★大泉富士(八坂神社)(大泉町1-44)
大型の富士塚で高さは12m、直径30m。「富士浅間神社」の額がかかる鳥居から見る塚は雄大さを感じます。麓から山頂までは秋葉神社・烏帽子岩・宝永山など40基ほどの石碑や石祠がびっしりと並び、また山頂には奥宮の石祠や駒ヶ嶽・剣ヶ峰などの石碑が立っています。
明治の初期に築かれたといわれていますが、文政5年(1822年)の石碑があることから、江戸時代に原型があったと考えられています。
江戸時代には富士山信仰が盛んでしたが、この時代の登山は多額な費用の捻出や、長期の休暇の取得が困難で、町民や農民にとっては叶わぬ望みでした。そこでこのようなミニ富士を造り、疑似登山体験をしたのです。都内には50基ほど残っています。
登山道は幅わずか30センチほどの狭さで、ジグザグ状に山頂へと伸びます。4人が登りましたが、雨で濡れた道をよくぞ滑落せずに下山されたものと、遭難者ゼロでホッと安堵しました。でも頂上では“お山の大将”気分で、優越感を味わえたドヤ顔の面々でした。
★もみじ公園(大泉町3-23)
白子川左岸の南向き台地にある広大な公園で、ドウダンツツジの鮮やかな赤がひときわ目立ちます。他にサクラ・アカマツ・イチョウ・ヤマモミジなどが植えられています。負け惜しみでなく、雨後の黄落も季節が感じられていいものでした。
この地下には東京外環自動車道が走っています。
★散策後の懇親会
寒さの夕暮れ時、のれんをくぐったのは大泉学園駅北口から2分ほどの「てしごとや ふくの鳥 大泉学園店」。居酒屋チェーン店にしては珍しく1階に店を構えています。入ってすぐの椅子にようやく腰を下ろせたところで「お疲れさん会」がスタート。
ここには「越乃寒梅」「雪中梅」「峰乃白梅」がありました。かつて「越の三梅」といわれた越後の銘酒がいまや大衆酒場の飲み放題メニューに登場するとは、時代の変わり様を感じます。でも今回は「男山」の熱燗に人気があったようです。献立はキャベツのサラダ・鳥の唐揚げ・つくね串・鳥の水炊き・親子丼・甘みといったところでした。いつもの様にいつもの如くおしゃべりし尽くし、馴染みの薄い西武池袋線で帰宅へつきました。
【参加者】
荒木・伊藤(徹)・小川・国友・佐藤(俊)・篠原・末次・滝沢・堀田・山本・横田・定村(国友の友人)・千葉(国友の友人)(13名)
(文=佐藤(俊)、写真=荒木)