小平三小でゲストティーチャー活動
~講師のレポート~

「私の美術漫歩 広告からアートへ、民から官へ」

若林 覚(1971政経)

「私にとって働くとは?」。そこから始めた。
「未だかつて分からない。ただ単純に生きるんじゃなく、よりよく生きることかな。私自身の来し方を紹介したい。よりよく生きてこれたか、皆さんも判断して欲しい」

サントリーの広告文化に憧れた。最初は営業、やがて宣伝部に異動した。作家、デザイナー、カメラマン、ディレクターがいた。沢山のCM、イベント、TV番組に関わった。サントリーホールやサントリー美術館もつくった。

最晩年は美術館の仕事。広告からアートへ転じた。
60歳で早稲田の文学部に行って、学芸員の資格を取った。
61歳で練馬区立美術館の館長に就任した。民から官(公務員)へ転じた。68歳まで勤めた。

若い時、広告や美術が好きだったわけではない。そういう立場に立たされて、懸命に仕事をしてきただけだ。少しは好きになったかもしれない。
今はフリーランスで「広告とアートのアドバイザー」をしている。
好きなことが、仕事になるなんて幸せだ。

好きなことって何だ。若いうちは見極められない。
何となく好き、憧れの世界でもいい。少しでも、触れるものがあれば、一歩踏み出してみる。

そして、漠然とした目標を持つ(確固じゃなくて漠然でいい)。その目標に向けて、自分なりのキャッチフレーズ、ロゴ・マークをつくってみる。
いいものができなくていい。考える・つくる過程が大事なのだ。

折に触れて、見直してみる。
やりたいことは進化(深化)変化していく。
やってみなはれ!


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です