いなほ随想
特  集

仏塔巡り歩る記


滝沢公夫(30法)

<第8集>

連載第46回


[奈良県編]続き5


◆毘沙門天を祀る古刹[信貴山(長護孫子寺)・多宝塔](生駒郡平群町信貴山2280)

★信貴山へは、近鉄生駒線信貴山下駅からバスで行く。信貴山の中腹の終点で降り立つと、山上の仏都のような風景だ。巨大な堂塔が数知れず密集し、圧倒されてしまう。

★長い参道には、石灯籠の列とともに多くの虎が並び、特に参道入口のものは巨大で度肝を抜かれる。これは、信貴山を開基した聖徳太子が、寅の年、寅の日、寅の刻に、毘沙門天を感得したことによるという。多くの堂宇を眺めながら参道を行くと、一番奥に本堂があり、毘沙門天が安置されている。本堂の舞台からは、奈良盆地が一望のもとにあり、しばらく呆然と眺め回す。

信貴山(長護孫子寺)・本堂と大虎

★信貴山・多宝塔は、一番高い場所に屹立している。高さ15メートルほど、均整のとれた美しさだ。軒下には彩色された彫刻があり、素晴らしい。江戸時代後期の建立というが、文化財に指定されていないのが不思議だ。

信貴山(長護孫子寺)・多宝塔

★信貴山は、聖徳太子が物部守屋を討伐後、毘沙門天を祀ったことに始まるというが、長護孫子寺という寺号は、平安時代の明蓮上人の願文からきたという。また、中世ここにあった信貴山城は、信長によって棄却されたが、その後豊臣、徳川によって保護されて、現在の巨大な寺院になったようだ。

★福徳開運を祈念する参詣者は極めて多く、特に正月初寅の賑わいは大変なものという。各堂宇を結ぶ参道または散策路は複雑であり、一日ゆっくりと山上の佛都で過ごすのも楽しいと思う。


◆吉野山の古塔[東南院・多宝塔](吉野郡吉野町吉野山2416)

★東南院は、近鉄吉野線吉野で下車、ロープウェイに乗車して吉野山で下車したところにある。ロープウェイ駅からだらだら坂を登っていくと、金峯山寺の蔵王堂があり、更に5分ほど歩いた右側だ。

★東南院の多宝塔は、各所でやや特徴があり、一定の風格を感じさせるが重い感じもある。高さ13メートルほど、江戸初期の建立とみられるが明確ではない。もともと、和歌山県の野上八幡宮という神社にあったものを、何人かの手に渡って、昭和12年にこの地に移築したものという。大変古い多宝塔なのに、文化財に指定されていないのは、このような移築と改造のためであろう。

東南院・多宝塔

★東南院は、役小角の開基といわれ、歴代高僧を輩出してきた古刹だという。宿坊として天皇の宿泊もあったそうだが詳細は分からない。ここ吉野山は見るべきものが多く、特に桜の季節はすばらしい。大阪在住当時から何回も来ているが、常に新しい発見がある。


◆後醍醐天皇の御陵がある[如意輪寺・多宝塔](吉野郡吉野町吉野山1024)

★如意輪寺は、前記の東南院のある下千本から、中千本のほうに少し上がり、左手の谷に一旦降りて、また上がったところにある。東南院から一時間ほどであるが、ロープウェイ駅から直接行く道もあって、これも一時間ほどかかる。

★吉野山の中心地からかなり離れているので、大変閑静で清々しい。石段を上がり境内に入ると、実に手入れが行き届き、気持ちが良い。

★入場料を払い、宝物殿を通って多宝塔に行く。多宝塔は、奥の一段高いところに屹立している。屋根の出が大きく、鳥が羽ばたいているような雄大な姿だ。この仏塔は大正15年の建立で、全国各地に建造物を寄進している篤志家の山口氏の寄進したものという。それにしても、大したものを寄進する人がいるものだ。

如意輪寺・多宝塔

★如意輪寺は、醍醐天皇の帰依を受けて創建されたもので、後醍醐天皇の時に勅願寺になったものという。その後楠木正行も参詣したそうだ。境内から一番奥まったところに、後醍醐天皇の塔尾陵がある。南北朝の頃が偲ばれる風景だ。また、宝物殿には、楠木正行の辞世の歌が書かれた御堂の扉が展示されている。

★静かな境内で多宝塔を眺め、御陵を参拝し、また、宝物殿を拝観したりすると、しみじみと遠い歴史が偲ばれてくる。雑踏する吉野山の中心よりも、更に心が癒される感じだ。


◆庶民の信仰を集める聖天[生駒聖天(宝山寺)・多宝塔](生駒市門前町1−1)

★生駒聖天は、近鉄生駒駅からケーブルカーに乗車、宝山寺前で下車して10分ばかりのところにある。長い参道には灯篭が並び、次第に雰囲気が高まってくる。

★境内に入ると堂塔が密集し、山上の小さい佛都のような感じだ。多宝塔は一番高い場所にあり、均整がとれた美しいものだ。瓦葺きで、高さ14メートルほど。昭和32年に建立された新しいものだが、適当に古色もついて、素晴らしいものといえよう。多宝塔からの眺望は雄大で、大阪府との境にある生駒山の立地を最大に生かしている。

生駒聖天(宝山寺)・多宝塔 境内の堂宇と多宝塔

★生駒聖天は、役小角と弘法大師の旧跡に、江戸時代中期の傑僧が開基したものといわれ、その後各種の推移があったが、明治維新までは勅願寺であったという。現在、近畿36不動霊場等多くの霊場となっていて、全国からの参詣者は極めて多く、大変活気のある寺だ。

★境内には、重文である洋風建物・獅子閣等、多くの一風変わった建物や施設があり、また五重の鉄塔などもあって楽しませてくれる。半日ゆっくり過ごしたい名所だ。                      
                                                          



◆初層のみ残った三重塔[安楽寺・三重塔(初層)(国指定重文)](御所市稲宿1084)

★安楽寺の本院は、近鉄吉野線くず駅から徒歩30分ほどの農住混合地にある。本堂等僅かな堂宇だけの小さい寺だ。

★安楽寺・三重塔は、この本院から更に5分ほど奥に入ったところにある。田畑の中の一段高い丘に、初層のみが堂々と鎮座しており、屋根の大きさからみて、当初の三重塔はかなり大規模であったことが推定される。仏塔は室町時代の建立で、国指定重文になっている。屋根は本瓦葺きで、相輪部分には宝珠が付けられている。何回かの改修によって、初層のみが残ったものであろう。

安楽寺・三重塔(初層)
安楽寺・三重塔(初層正面)

★安楽寺の開基については、全く不明の状況だ。この近くにある葛城寺が、嘗て大伽藍を有していたので、そこの三重塔がいつの間にか安楽寺のものになったともいわれる。

★多くの謎を秘めた初層を眺めながら、昔、壮大な三重塔が田畑の中に屹立していたことを想像するのも楽しいことだ。

以上で奈良県を終わり、紹介できなかったものを一覧にしておきたい。

[奈良県の仏塔](既にとりあげたものを除く
<三重塔・二重塔・多宝塔・小塔>

寺       名   所    在    地    
1.朝護孫子寺・三重塔 生駒郡平群町信貴山2280
2.常念寺・三重塔        葛城郡広陵町広瀬
3.法輪寺・三重塔       生駒郡斑鳩町三井1571
4.法隆寺・三重塔(初層)   生駒郡斑鳩町法隆寺山内1−1
5.金峯山寺・三重塔 吉野郡吉野町吉野山2498
6.信貴山・二重塔       生駒郡平群町信貴山2280
7.円成寺・多宝塔       奈良市忍辱山町1273
8.壷阪寺・多宝塔       高市郡高取町壷阪3
9.海竜王寺・五重小塔     奈良市法華寺北町897

10.元興寺・五重小塔   

奈良市中院町11

次回は[中国編]に入ります。



連載第47回

[中国編]


★今回中国に入るが、紹介できるのは一か所のみとなるのをご了解戴きたい。

◆西の京の優秀塔[瑠璃光寺・五重塔(国宝)](山口市香山町7)

★瑠璃光寺は山口駅からバスで行くが、市内の多くの名所見物と併せ、貸し自転車を利用するのも楽しいものだ。

★境内に入ると、多くの堂宇とともに美しい庭園に驚かされる。池越しに素晴らしい五重塔が屹立している。軒の出が深く、上層への逓減も適正で、本当に稀に見る美塔だ。軒先がやや跳ねあがっているのも、軽快な感じを与える。簡素で装飾が無いのも良い。黒々として歴史を感じさせる五重塔と、背面の山の緑が良くマッチしていて、気持ちが良い。しばらく呆然と眺めるのみだ。

瑠璃光寺・五重塔

★瑠璃光寺・五重塔は、室町時代の建立で、国宝になっている。高さ31メートル、檜皮葺きだ。大内義弘の弟が、兄の菩提を弔うために建立したものという。法隆寺、醍醐寺と並んで、日本三大名塔と言われるのも肯ける。

★瑠璃光寺は、室町時代に安養寺として開基され、その後香積寺のあったこの地に移転したものらしい。かなりの歴史を秘めた寺ではある。境内には、県指定重文の仏像等もある。観光客の来訪も常時かなり多い。山口は、大内氏が京都に倣って造った町で、西の京とも呼ばれて、雪舟庭園で名高い常栄寺やキリスト教会等、見所は大変多い。ゆっくりと一日巡りたい町である。

以上で、簡単ながら中国を終わり、紹介できなかったものを県別に一覧にしたい。

[中国仏塔一覧]
<五重塔・三重塔・二重塔・多宝塔・宝塔>

[岡山県]

寺     名      所   在   地    
1.長福寺・三重塔       英田郡英田町真神414
2.宝福寺・三重塔      総社市井尻野井山1968
3.遍照院・三重塔 倉敷市西阿知464
4.福生寺・三重塔       備前市大内983
5.真光寺・三重塔       備前市西片上1510
6.本山寺・三重塔 久米郡柵原町定宗403
7.観音院・三重塔       岡山市西大寺中3−8−8
8.本蓮寺・三重塔       邑久郡牛窓町牛窓3194
9.千光寺・三重塔 赤磐郡山陽町中島350
10.金山寺・三重塔 岡山市金山寺481
11.成就寺・三重塔      御津郡建部町藤田
12.余慶寺・三重塔 邑久郡北島町1187
13.五流尊滝院・三重塔   倉敷市林
14.曹源寺・三重塔 岡山市円山1069
15.備中国分寺・五重塔 総社市上林1046
16.恵重寺・五重塔      新見市正田847
17.大聖寺・多宝塔      英田郡作東町大聖寺5
18.長法寺・多宝塔      津山市井口246
19.遍照寺・多宝塔      笠岡市笠岡5930
20.静円寺・多宝塔 邑久郡邑久町本庄3625
21.安住院・多宝塔 岡山市国富3−1−29
22.蓮台寺・多宝塔 倉敷市児島由加2855
23.明王院・多宝塔      浅口郡鴨方町六条院中4571
24.安養寺・宝塔       倉敷市朝原1573

[広島県]

    寺      名          所    在    地   
1.明王院・五重塔       福山市草戸町1473
2.厳島神社・五重塔      佐伯郡宮島町1−1
3.耕三寺・五重塔       豊田郡瀬戸田町瀬戸田553
4.天寧寺・三重塔       尾道市東土堂町115
5.西国寺・三重塔       尾道市西久保町29−27
6.向上寺・三重塔       豊田郡瀬戸田町瀬戸田57

7.松寿寺・三重塔      

三原市東町4

8.福性院・二重塔      

福山市芦田町福田2689

9.浄土寺・多宝塔     

尾道市東久保町20−28

10.厳島神社・多宝塔    

佐伯郡宮島町1−1

11.三滝寺・多宝塔     

広島市西区三滝山411

12.佛通寺・多宝塔     

三原市高坂町許山22

13.耕三寺・多宝塔     

豊田郡瀬戸田町瀬戸田553

14.万年寺・多宝塔     

呉市清水2−7−38

15.神勝寺・多宝塔     

沼隈郡沼隈町上山南91
16.満願寺・多宝塔      呉市宮原7−13−5

[島根県]

寺       名 所    在    地 
1.益田墓地公園畜魂・五重塔  益田市下本郷町605
2.出雲清水寺・三重塔     安来市清水町528

[山口県]

寺       名  所    在    地   
1.一の滝寺・三重塔  岩国市室の木3−5−48
2.妙法寺・三重塔  豊浦郡豊北町特牛
3.光専寺・三重塔  美祢市西厚保町本郷
4.閼伽井坊・多宝塔   下松市末武上398
5.地蔵院・多宝塔  岩国市室の木3−19−6

[四国編]に続く。



連載第48回

[四国編]

★今回四国に入るが、紹介できるのは一か所のみであることをご了解戴きたい。

◆四国88ヶ所霊場[石手寺・三重塔(国指定重文)](松山市石手2−9−21)

★石手寺は、道後温泉本館のある温泉駅から徒歩20分ばかりのところにある。回廊を通り、国宝の仁王門から境内に入る。境内は、適当に老木が配置されていてかなり広大だが、堂宇は無秩序に散在している。

石手寺・仁王門(国宝)

★石手寺・三重塔は、本堂に向かって右手、境内では最も目立つ場所に屹立している。高さ23メートル、かなり大型で、実にどっしりとして安定感がある。鎌倉時代後期に、三回目に再建されたもので、国指定重文になっている。四国では最も古い仏塔だ。仏塔の傑作といえよう。

石手寺・三重塔

★石手寺は、奈良時代、伊予の太守が開基したもので、当初安養寺と称したが、平安時代に四国遍路の始まりにより、石手寺に改めたものという。以降隆盛を誇り、一時兵火による焼失はあったが、現在も四国88ヶ所51番霊場として、お遍路さんや観光客の参詣は頗る多い。

★境内には、国宝として仁王門、重文として本堂等の建造物、県文として仏像等があり、本当に文化財の宝庫といえよう。「石手のお大師さん」といわれ、大変な賑わいと活気のある石手寺と、素晴らしい三重塔に感動しながら、道後温泉に向かった。

以上で、簡単ながら四国を終わり、紹介できなかったものを県別に一覧にしたい。

[四国の仏塔一覧]
<六重塔・五重塔・三重塔・二重塔・多宝塔>

[徳島県]

   寺     名       所    在    地    

1.阿波鶴林寺・三重塔    勝浦郡勝浦町生名鷲ヶ尾14
2.瑞巌寺・三重塔      徳島市東山手町3−18
3.切幡寺・二重塔      阿波郡市場町切幡観音129
4.熊谷寺・多宝塔      板野郡土成町土成前田185
5.太龍寺・多宝塔      阿南市加茂町竜山2
6.霊山寺・多宝塔      鳴門市大麻町板東塚鼻126
7.地蔵寺・多宝塔      小松島市小松島町11−26
8.立江寺・多宝塔      小松島市立江町若松13
9.金泉寺・多宝塔      板野郡板野町大寺亀山下66
10.阿波安楽寺・多宝塔   板野郡上板町引野寺の西北8


 [香川県]

    寺     名       所   在   地
1.少林寺・六重塔      仲多度郡多度津町本通3−1−48
2.善通寺・五重塔      善通寺市善通寺町3−3−1
3.讃岐本山寺・五重塔    三豊郡豊中町本山甲1445
4.志度寺・五重塔      大川郡志度町志度1102
5.西光寺・三重塔      小豆郡土庄町東内浜甲200
6.三谷寺・多宝塔      綾歌郡飯山町東坂元3183
7.弥谷寺・多宝塔      三豊郡三野町大見乙70
8.伊舎那院・多宝塔     三豊郡財田町財田中4358
9.大窪寺・多宝塔      大川郡長尾町多和兼割96
10.泉聖天本廟・多宝塔   大川郡津田町神野
12.八栗寺・多宝塔     木田郡牟礼町牟礼3416
13.与田寺・多宝塔     大川郡大内町中筋466

 [高知県]

    寺     名       所   在   地  

1.竹林寺五重塔       
2.青龍寺・三重塔      
3.金剛福寺・多宝塔    
4.土佐安楽寺・多宝塔    
5.最御崎寺・多宝塔     

高知市五台山3577
土佐市宇佐町龍旧寺山601
土佐清水市足摺岬214
高知市洞ヶ島町5−3
室戸市室戸岬町4058

 [愛媛県]


 寺     名    所   在   地  
1.興隆寺・三重塔 周桑郡丹原町古田甲1659



連載第49回

[九州の仏塔一覧]
<五重塔・三重塔・多宝塔・宝塔>

[九州編]
★九州の仏塔は少なく、私も巡っていないので、一覧を掲げておきたい。

[福岡県]

     寺     名       所    在    地    

1.竜王寺・五重塔       飯塚市立岩1314
2.長円寺・五重塔       春日市春日2−107
3.大園寺・五重塔       福岡市中央区唐人町3−10−9
4.筑後清水寺・三重塔     山門郡瀬高町本吉1119
5.豊前国分寺・三重塔     京都郡豊津町国分280
6.正行寺・三重塔       筑紫野市二日市920
7.浄泉寺・三重塔       三池郡高田町今福69
8.東照寺・多宝塔       山門郡瀬高町大広園260
9.東長寺・多宝塔       福岡市博多区御供所町2−4
10.東蓮寺・多宝塔      直方市上山部631
11.阿弥陀院・多宝塔     北九州市八幡東区高見5−1−32


 [佐賀県]

    寺     名      所    在    地  

1.滝光徳寺・五重塔      三養基郡基山町2200
2.本福寺・五重塔       三養基郡基山町宮浦中山2120


 [長崎県]

    寺     名      所    在    地     
1.最教寺・三重塔       平戸市岩上町1206

 [熊本県]

    寺     名      所    在    地  
1.誕生寺・五重塔(奥の院)   玉名市築地
2.誕生寺・五重塔(本院)    同上
3.十二支苑・三重塔       阿蘇郡阿蘇町黒川2163
4.蓮華寺・宝塔         玉名市築地小岱1512

 [大分県]

    寺     名      所    在    地 

1.大建寺・五重塔        宇佐郡安心ん院町鳥越
2.竜原寺・三重塔        臼杵市福良平清水
3.岳林寺・三重塔        日田市北友田1−1317


 [宮崎県]

    寺     名       所    在    地 
1.真栄寺・五重塔        宮崎市江平西2−3−15

 [鹿児島県]
    寺     名      所    在    地 

1.高善寺・三重塔         姶良郡隼人町内1545
2.最福寺・三重塔         鹿児島市平川町4850  




連載第50回(最終回)

[終わりに]

                                                     滝沢公夫(30法)

★この連載も、いよいよ最終回を迎えた。ここまで書き進めることができたのは、偏にHP管理人・松谷氏のお蔭だ。松谷氏には、絶えず温かい励ましと助言を戴いた。原稿や写真のチェックにも、どれほどご苦労をお掛けしたか分からないほどだ。先ず厚くお礼申しあげたい。

★連載のお話を戴いた時には、正直言って書き進める自信が無かった。ただ、書き進むうちに次第に調子が出てきて、現在はある程度達成感に満足している。

★途中何回も壁に突き当たることはあった。何分にも定年退職後、今から15年前から10年前頃に巡ったケースが中心であり、記憶が朧になっていたり、写真を紛失したりして困惑したことも多い。しかし、書き進むうちに次第に記憶も戻り、細部は忘れても、印象深いものは不思議に生々しく目の前に浮かんでくるのだった。

★書き進む上で特に気を付けたこと等を、若干書いてみたい。「仏塔」という言葉自体、重々しく抹香くさい感じを与えるので、極力平易な明るい言葉を用いようと努めた。しかし、私の文才の無さから、やはり堅苦しい印象を持たれたのではないかと恐れる。拙文をお読みになって、実際に行ってみたいと思われた方々のことも考え、交通機関を極力明記することにしたが、不十分であった。

★寺の縁起や歴史等については、専門的なことで、退屈でもあるので、最小限に抑えた。仏塔の建築学的構造については、興味深い事項ではあるが、特に専門的でもあり、原則として総て省略した。どちらかと言うと、仏塔を美術的感覚から捉え、同時に文学的アプローチにも心掛けた。本来私には余り信仰心がないこともあるが、宗教的な記述は原則として避けた。国宝、重文級のものを中心に取り上げたが、新しいものでも、特に印象に残っているものは積極的に取り上げた。

★次に、自分ながら不満足であったことを書いてみたい。かなり以前に巡ったところが中心となり、最近のものが比較的少なかったことから、その後の改修状況や環境の変化の把握と記述ができなかった。取り上げた地域にややばらつきがあり、東日本から近畿までについては殆ど巡り終えているが、中国、四国、九州については空白となっているものが多く、完璧を期することができなかった。

★近年の平成大合併による行政区域の変更を十分に把握できておらず、中には旧市町村名で記されているものがあることをご了解戴きたい。

★連載一回分が長文になったり、連載回数が膨大になることを避けるため、極力簡略な記述をするとともに、取り上げる対象の厳選を行った。その結果として、取り上げたものは全部で135塔、私の巡り終えた270塔のうち50%に相当し、また全国の仏塔約520塔のうち約25%に相当することになった。

★更に、今後の巡り方について触れたい。殆どが定年退職後に巡ったものであるが、既にかなりの精力を使い切ってきた感じがある。消耗した時間と費用は膨大であったと思う。既に後期高齢者となった現在、この点は一寸考えなければならない。これからは、従来以上に対象を厳選し、歴史のある文化財指定のもの、または木造塔に集中して行きたい。

★地域的には、従来手の抜けていた中国以西に力を入れたい。極力記録を良く取り、写真の整理にも万全を期したい。寺の縁起や仏塔の構造等の研究を更に続けたい。残された人生は短いが、終生仏塔を愛し続け、生甲斐として行きたい。

★最後に、総合的に仏塔巡りの意義を考えてみたい。全般的に、知的好奇心を満たし、心の平安を得ることと共に、短歌、俳句、写真等の趣味の題材を収集することにも大いに役立つ。かなり徒歩に依存することになるので、足腰の鍛錬のため役に立つ。苦しかった経験も楽しい思い出になる。各地で巡りあう多くの人々との心の交流を楽しむことができる。

★各地の僧侶、参詣者、旅館の主人、飲み屋のマスター等との何気ない多くの雑談にも、人生の糧となるものを発見できる。仏塔巡りは単独で行うことが多かったが、時には、仏塔研究者、短歌研究会員、万葉研究者、写真同好者等と同行することもあり、それぞれ吸収することは多大である。そして、最も大切なことは、仏塔巡りは老人の後向きな懐古趣味ではなく、これからの残された人生を充実したものにする、前向きの意義を有することだ。

★これで連載は終了するが、松谷氏にあらためて深くお礼申しあげるとともに、もしここまで通読してくださった方がおられたら、その方々にも厚く感謝申し上げたい。

以上で、拙文の結びとしたい。長い間本当に有難うございました。なお、記述にあたって参照した文献を、最後に一覧にしておきたい。

[参考文献]  
  書  名     著  者    出 版 社
大原完爾 菅原印刷
多宝塔の旅  大原完爾   菅原印刷
日本の塔  高梨英夫  光風社出版
塔の旅  中西 亨  芸そう堂
(続)塔の旅 中西 亨  芸そう堂
塔に魅せられて 山際得悦  ぎょうせい
日本の塔  川添 登  淡交新社
仏塔巡礼(東国) 長谷川周  東京書籍
仏塔巡礼(西国) 長谷川周 東京書籍
古塔を訪ねて  西山 清  人物往来社
仏塔の風景 長谷川周 学研
塔のある寺  徳永隆平 東京堂出版
塔の旅  佐原六郎  南窓社
古塔巡歴 北川桃雄 美術出版社
三重塔紀行  牧野和春 牧野出版
日本の塔   浜島正士  平凡社
古塔巡礼 加藤 薫  保育社
五重塔  美の壷  NHK出版

                    [完]


♪BGM:Chopin[Nocturne2]arranged by Pian♪

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