連 載
海外ゴルフ場面白話
ー芝生の上から世界経済を覗けばー


小川浩史(35法)

第1集
連載第1回

[ハワイ諸島]

★最初にハワイに行ったのは、1970年1月である。当時、勤めている銀行から米国主要都市の金融機関、政府機関に4ヶ月の研修出張を命ぜられ、羽田から飛び立ち、ハワイのホノルル空港に入管手続きのために立ち寄った。現在のようにジャンボジェット機でなく、確かDC6とか7の時代だったので、米国西海岸への直行便はなく、すべてハワイ経由であった。

建設中のワールド・トレード・センター(中央も→) 1970年撮影(←左も) 完成後(いまは無い)

★その後、ロサンゼルス、サンフランシスコ経由で東海岸の都市に向かったが、飛行機の窓から下を見ると途中の山中に立派な道路はあるが、飛べども飛べども町の姿はなく、こんな広い国とよく戦争をしたものだとつくづく思ったものである。後に米国西海岸ヘハ、ハワイ経由に代わり、アラスカのアンカレッジ(霧で空港のクローズが多く、そんな場合は空軍基地のフェアバンクス空港を使用)経由となり、現在はすべての地域へ直行便で行けるようになった。

米国国会議事堂 リンカーン・メモリアル(左右ともワシントン)

★ヨーロッパ便も、冷戦下にあったため、ソ連上空に入れず、アンカレッジ経由でベーリング海峡を横切って白夜の北極上空を飛び、欧州各地に入るルートだった。北極上空を飛ぶことは、おそらく今後二度となく、貴重なルート経験となった。氷結した海水の上に真水が青々と溜まっている光景を何度か見た。現在は新潟上空からシベリア経由で欧州に入れるので、飛行時間が大幅に短縮された。


[研修期間中に立ち寄った場所]

ナイアガラの滝
グランド・キャニオン グランド・キャニオン


                                                                     
連載第2回

[オアフ島]

★まさか、ハワイに観光目的でなく、業務で渡航するとは思ってもいなかったが、退職した後の観光訪問は別にして、仕事としてハワイにかなりの回数出張している。ご存じの通り、日本〜ハワイ間の時差は18時間もあり、時差対策が大変である。私の場合は、夜10時ごろ成田発のJALを使うことが多かったが、成田をスタートしたときに、ホノルル時間に時計を合わせるのが常であった。

★早朝にホノルルに到着すると、時差退治に一番良いのがゴルフである。よく直行したゴルフ場としては、ホノルル国際空港に近い住宅街の一角にあるホノルル・カントリークラブがある。近くに日立グループのコマーシャルで有名になった大樹(♪この木なんの木気になる木…♪)がある。18ホールの、クリークもあるフラットな街中のコースであり、信州蓼科仲間の夫妻がメンバーだったので、よく利用させてもらった。確か各ホールに日本人の経営者を含む有名人の名前が冠されていたように思う。

ホノルル・カントリークラブ 同カントリークラブでゴルフ友達と(左、筆者)
♪この木なんの木、気になる木…♪の前で(左、)筆者

★パール・ハーバーも近かったが、行く気になれず一度も足を入れたことがない。ただし、ハワイ大学のある丘の上の方にヌアヌ・パークという高台があり、古くから日系人の多い住宅地だが、コンドミニアム建設プロジェクトで訪問したときに遥かパール・ハーバー方面を眺めたことはある。この高台は、かつて日本軍の真珠湾攻撃に際して、米国艦船の動きを日系人が秘かに状況報告をした場所と言われている。

★ホノルル・カントリークラブからハイウェーを山の中に入る手前右手の丘の上にパール・カントリーがあり、ここは日本のプロゴルフ界でかつて活躍したデービット石井のホームコースである。

★山の中に入ると、日系のゴルフ場が二つあり、その一つにミリナニ・ゴルフクラブがあり、プレーしたことがある。ハワイのゴルフ場でも、野外レストランでも野鳥の多い所だが、このクラブでの私のティーショットが小鳥を直撃し、痛ましい思いをしたのを覚えている。

ミリナリ・ゴルフクラブでの筆者

★パール・ハーバー近くにJALグループが開発したゴルフ場、コーリナ・リゾートがあった。ホノルルの中心地ワイキキ周辺のカハラに有名なワイアラエ・ゴルフクラブがある。今年(09年)1月にここで米国プロツアーのソニー・オープンが開催された。このコースのプレーは、メンバー同伴が条件であり、一度チャンスがあったのだが、仕事の関係で部下に譲り、いまでも残念な思い出である。

★米国プロゴルフツアーは、ハワイのオアフ島、ハワイ島からスタートし、西海岸のアリゾナ、カリフォルニアと廻り、その後、東海岸のフロリダから、4月にはジョージア州アトランタ近郊のオーガスタ・ナショナルに舞台が移る。この前、予選で敗退した高校2年生の石川遼選手の出場したのは、カリフォルニア州のリヴェラ・カントリであり、いまのツアーは、カリフォルニア州のアリゾナの段階である。

★ただいま(09年3月時点)、アリゾナ州でマッチプレーが行われており、タイガー・ウッヅの復活戦となっている。この後、サンフランシスコ方向に移動し、ベブル・ビーチでの大会になる。オーガスタの後は、ワシントン、ニューヨーク周辺に行き、、秋にはオハイオ、シカゴ方面でシーズン・オフとなる。

★話をハワイのコースに戻すが、カハラのプライベート・ビーチは高級住宅地だけに、当時300万ドルしていたが、いまはどれくらいだろうか。海には面していないが、石原裕次郎の家もあり、豪邸であった。

ホノルル風景 ホノルル風景

★ホノルルのアラワイ運河沿いにパブリックコースガアルガ、プレーの経験はない。ダイヤモンドヘッドを越えて、ココヘッド方向にハワイカイと言うところがあり、開発プロジェクトで何回も行ったが、この地区もゴルフ場の多いところである。



連載第3回

[マウイ島]

★マウイ島は、通常カフルイ空港から入るが、空港を出ると、カアナパリ方向と、ワイレア、キヘイ方向に分かれる。カアナパリでは、歌手の千昌夫氏が取得したホテル・プロジェクト(エンバシー・スイートホテル)に関係したが、周辺でのゴルフ・プレーは、経験がない。

★エンバシー・スイートホテルの落成式には、日本、香港から多数参加していたが、服装はアロハあり、タキシードありと言った変わったパーティーだった。当日、当地ではめずらしい大雨が降り、雨の少ない所だけに排水設備が完備しておらず、ホテルから見える海面が黄色くなったのが印象的だった。美しいマウイ島の海が変色してしまったので、日本からのゲストはびっくりしていた。

[エンバシー・スイートホテル]

★オーナーの千昌夫氏に「これだけ降れば、かえって水漏れ個所が建物引き渡し直後に判明したので、不幸中の幸いですね」と変な慰め方をした記憶がある。当時まだ無名だった弟子の吉幾三は、酒が飲めないので、ホノルル待機と言っていたのも思い出した。

★深夜、千さんの部屋で飲んだが、再婚した小柄なロシア系米国人との間に子供ができたと大変喜んでいた。ちなみに最初の奥さんは、歌手のジェーン・シェパードさん。

エンバシー・スイートホテルで(中央左が千さん、同右が筆者)

★ワイレア地区は、ホテル・プロジェクトのほか、ワイレア・パームという住宅群を2期にわたって大手商社と組んで販売したので、懐かしい場所であり、丘の上にあるワイレア・ゴルフクラブでは、よくプレーした。ワイレア・ゴルフクラブは、京都の日系企業が保有し、日本人のメンバーも多数いた。


[ワイレア・パーム住宅群]

[マウイ島のリゾートマンション]

★ワイレア・ゴルフクラブは、ブルー、オレンジ、ゴールドなどのコースがある。開発がどんどん進んだコースで、太平洋がどこからでも眺められるのが売りの大変美しいコースだ。コースとコースの間には別荘も多く、日本人もかなり購入していた。周辺には、プリンス・ホテルがあり、そのゴルフ場もあった。



[ワイレア・ゴルフクラブ]

★マウイ島は、日本人に人気のある島であり、カフルイ空港の諸施設も拡充され、、JALもスペースを確保し、日本からの直行便の期待もあったが、当時日本人ラッシュを懸念した女性首長の反対で実現しなかった。その後、どうなったか。



連載第4回

[ハワイ島]

★別名、ビッグ・アイランドと呼ばれる大きな島である。日本からコナ空港への直行便があり、日本の新婚さんたちにも人気の島。空港は、標高4,200mもあるマウナケア山の溶岩をプレスしただけ質素な空港で、やしの木の合板の建物が懐かしい。

★コナの町は、古い街であり、ホテルからの夕日は最高だ。周辺には、日系のゴルフ場(コナ・カントリー)があったが、プレーしたことはない。日本人に人気があるのは、ワイコロア地区であり、ハイアット開発のハイアット・リーゼンシー、ワイコロアのホテルは多くの日本人が訪れる場所である。ホテル群がいくつかに分かれていて、その間を人工のクリークが繋がっていて舟を輸送手段に使う超大型ホテルだ。

★このホテル開発は、米銀のファイナンスで完成したが、稼働後、M銀行を主幹事とする邦銀グループがリファイナンスした物件である。だが、稼働後の見通しの甘さから、邦銀団が数百億円も損失を出し、現在の所有者はヒルトン・グループになっている。

ワイコロア・ホテル

★同ホテルの周りは、36ホールのゴルフ場で、初心者の日本人の若者がプレーする姿も見られたコースだった。ホテルの入り口の方に日系企業、N証券が、社員研修センターを保有していた。さて、いまは?



女性は早大法卒の才媛弁護士だが、早世された

★ワイコロア・プロジェクトと並んで、海沿いに東急と西武(マウナ・ラニとマウナ・ケア)のホテルとゴルフ場があり、東急のマウナ・ラニの太平洋越えのショート・ホールは有名である。付け根の方を狙えば安全だが、どうしても正面の太平洋越えとなる。溶岩で囲まれた別のショート・ホールの打ち下ろしのホールで同僚がホールインワンし、ホノルルに帰ってから祝宴をしたものである。


[東急マウラ・ラニG.C.]
太平洋越えショート・ホールで筆者 同僚がホール・イン・ワンしたショート・コースで

★この辺りは、一面溶岩で覆われた乾燥地帯で、芝は山から引いた地下水をスプリンクラーで毎日管理された、言わば“人工の本芝”である。

★マウナケア山は、日本の大型天体望遠鏡施設があることで著名だが、雪を冠していることもある。その山の斜面にあるマカレイ・ハワイとかビッグアイランド・コースでもプレーしたが、ビッグアイランドの池の中にある島のショートホール(170ヤードくらい)は、溶岩に囲まれ、何回も岩に当って、お陰で同伴者に多額のドルを取られた苦い記憶がある。

★山の反対側にヒロという古い街があり、雨の多い所だが、ここは日本人が最初に入植した場所。いまでもキラウエア山の活火山活動で道が寸断される島でもある。





[カウアイ島]

★カウアイ島は、ワイメワ渓谷のある美しい島でプリンスビルなどの名門ゴルフクラブもあるが、プレーの経験はない。一時、台風被害でホテルやゴルフ場が大被害を被ったことがあった。


[モロカイ島]

★オアフ島とマウイ島の間にある島で、当時ゴルフ場開発も行われていたが、残念ながら行ったことがない。


[ラナイ島]

★マウイ島のすぐ横にある島で、ダイバーのメッカである。




連載第5回

[グアム島・サイパン島]

★グアム・サイパン島は、夜行便で行けば、早朝に到着と大変便利で運賃も安く、日本人の多い所である。最近は、韓国からの旅行者も増えているため、韓国系の店も多くなった。

★グアム島では、日本国内で2か所のゴルフ場を経営していた取引先がグアムに進出したので、一度プレーしたが、赤土の目立つコースだった。隣が米軍の専用ゴルフ場だった。

★当時、日系企業のゴルフは、中心地から反対側の山を越えたところの海岸沿いに開発が進んでいたが、その後どうなっただろうか。確か太平洋クラブノコースの直ぐ近くに横井庄一上等兵が居住していた渓谷があり、横井さんもまさかグアム島で日本人がゴルフをしているとは、思ってもみなかったことだろう。当時、横井さんの主食は、川エビだったとのこと。

★サイパン島では、取引先が、プレー付きのリゾート分譲マンション(プルメリア・リゾート)を建設したので、そのファイナンスや出資の関係もあり、数回出張した。砂浜は遠浅で、一面ナマコだらけの海だった。

サイパン・プルメリア・リゾート
サイパン・プルメリア・リゾート サイパン・プルメリア・リゾート

★空港の近くには、関西の業者が所有するコーラル・オーシャン・ゴルフクラブがあり、何回かプレーをした。ゴルフ場にロッジもあり、行かれた方も多いと思う。ショート・コースで太平洋から打ち上げる白波目がけて打つホールは圧巻である。また、別のショートホールには、距離は短いが太平洋越えもあり、なかなか面白いコースだ。

太平洋越えのショート・ホール(サイパン・コーラル・オーシャンG.C.で)
サイパン・コーラル・オーシャンG.Cの宿泊ロッジ サイパン・コーラル・オーシャンG.C

★サイパン島は、敗戦まで日本の信託統治領だったので、いまでも島民は親日的である。あれだけの戦災を受けたのに、ほんとうに頭が下がる。コーラルのゴルフ場は、米軍上陸の激戦地であり、いまでもコースの中に二つぐらい日本軍のトーチカが残っている。

★日本軍が遥か故国のサクラに想いを寄せて「南洋桜」(管理人注:トウダイグサ科ヤトロファ属の小低木で濃紅色の5弁の小さな花を付ける。)と名付けた木やブーゲンビリア(ブーゲンビレアともいう)など原色の美しい花々に溢れた土地である。当時、島内には信号機が中心地のガラパンに近い丘の上の交差点に1か所しかなく、子供たちがこれを標的にして石を投げるので困っているという話を聞いた。丘の上にマリアナというゴルフ・コースもできたが、風が強く大変苦労した。

★サイパンは、地下水源が浅いので塩分を含んだ飲料水が多い。JALホテルも建設時に地下のボウリングで苦労したようだ。現地に産業がないため、いまでも諸物資の日本依存が高い“日本に近い島”である。


追い詰められた邦人婦女子が身を投げたバンザイ・クリフ

★終戦間際に追い詰められた邦人婦女子が身を投じたバンザイ・クリフでは、涙した。一番多くの邦人犠牲者が出たのは、ここではなく、山伝いに山岳地帯を逃げた人たちだったようだ。日本軍の最後の司令部があった爆破された建物の横に旧日本軍の戦車の残骸がある。戦車をバックに記念写真を撮り、知り合いのママのバーに持参したところ、「非国民!」と怒鳴られた苦い経験もある。

旧日本軍司令部跡の戦車の残骸の前で


★次回(第2集)は[香港・海南島・シンガポール・フィリッピン]編です。       第  2  集  香港・海南島・シンガポール・比島


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