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コッパーマウンテン・ピークから最奥にテンピークスを望む |
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★美しい景色を楽しみたいと望む殆んどの人たちが挙げる地名、それが「カナディアンロッキー」である。山と湖と森が織り成す風光の素晴らしさは古くから伝えられてきたが、我等の山の会「べるくらぶ」でも海外の山歩きの候補地に上がってから三年越しに実現することになった。日程、行程のアレンジは以前から海外の山のお世話を頂いているアサヒトラベルインターナショナルに山歩き中心、観光不要を原則にしてお願いした。
★はじめに、カナディアンロッキーの概念について少し予習をした。言うまでもなくロッキー山脈は北米大陸西部の脊梁をなす山脈でメキシコ、アメリカ、カナダ、アラスカを縦断する約4800kmの大山脈、最高峰は厳冬期にあの冒険家植村直己を飲み込んだデナリ(マッキンリー)6194mである。
★そしてカナディアンロッキーと呼ばれているのは、カナダ部分の1450km、ほぼ日本の本州の長さで、その幅は約150km、最高峰はマウント・ロブソン3954mである。この中には国立公園としては世界で三番目という歴史を持つバンフ国立公園をはじめ、6つの国立公園と3つの州立公園があり、この大半は1984年に世界自然遺産に登録されている。又核心部のアルバータ州は昨年創立100周年を迎えている。
★広大なカナディアンロッキーは一寸見て回るだけでも大変なことだが、とにかく我等は歩きたい訳なので、限られた日数では、ほんの狭い範囲にしかならないのは止むを得なかった。然し、観光地を次々に回る通常の観光旅行とは違って、自分の足で歩いて自然の豊かさをじっくり味わいながら過ごせたことは大きな満足であり、大きな収穫だったと思っている。
◆数奇な運命を辿った槇有恒登山隊のピッケル
★我等が目指す山行の根拠地はアルバータ州のバンフ、残念ながら足を伸ばせなかったがこのアルバータ州にはカナディアンロッキー最後の未踏峰であり魔の山と呼ばれていたマウント・アルバータ3616mがあり、1925年日本人登山家、槙有恒(この後、マナスル初登頂の第三次登山隊長を務めた)等6名が初登頂を果たしたという日本とは大変縁の深い所である。槙が世界で最初に使った絹のザイルや頂上に立てた後、数奇な運命を辿ったピッケルはジャスパーのイエローヘッド博物館に保存されている。
★このピッケルの話は日本の道徳の教科書に2ページにわたって掲載されたので、ここで簡単に触れておきたい。マウント・アルバータが如何に厳しい山であるか、は槙の著書「わたしの山旅」に周りを断崖に囲まれた上、岩質がもろく落石の危険に晒されながら登ったとあり、彼等の後の第2登がなんと23年後であったことからも伺い知ることが出来る。
★実はこの第2登はアメリカ人登山家2人によって成されたが、その際頂上の岩間にあるピッケルを見付け、これを持ち帰りニューヨークのアメリカ・アルパインクラブに寄贈、但しこれは岩から取り出す際に折れてしまったため上半分だけだった。残りの半分は更に17年後、長野高等学校OB登山会が第5登を果たして日本に持ち帰った。
★このピッケルは細川公爵が槙有恒に与えたもので細川護立のイニシヤルが金文字で刻印されている。その後、このピッケルの上下が一体のものであることが確認され、1997年東京に於いて当時の皇太子、首相、登山家800名参列のもとに49年振りの合体式が行われた。これを機にカナダ、アメリカ、日本の山岳会の交流が深まったのは言うまでも無い。
◆いざカナディアンロッキーへ
★ともあれ我々一行19名は2006年7月12日夕刻、エア・カナダで成田からバンクーバーに向けて飛び立った。実質飛行時間は8時間だが日付変更線を越えて時差15時間(夏時間)の所へ飛ぶのだから寝ておかねばと思ったものの中々うまくいかない。うとうとしながら着いたバンクーバーは小雨だった。ここからトランジットでカルガリーへ1時間20分の飛行だが、厄介なことに更に時差1時間が追加になる。あの広大な中国が標準時間を1つに固定しているのは論外だが、カナダは6つもの区分があり、ブリティッシュ・コロンビア州まではパシフィックスタンダードタイム、アルバータ州からはマウンテンスタンダードタイムと区分している。
★カルガリーでは日本で既に面識のあったガイドの宮冨せつ子さんが出迎えてくれた。今日の宿泊地バンフへは140kmをバスで移動、幹線道路トランスカナダハイウェイは広大なフィールドを真っ直ぐにカナディアンロッキーに向かって突き進む。2時間一寸かかって宿のバンフインに着いたのは午後7時半頃、それでも此処の日没は夜10時過ぎなので慌てずゆっくりシャワーを浴びてからレストランに出かける。
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トランスカナダ・ハイウエイ |
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★カナダで初のディナーはアルバータ牛の伝統的ステーキ、ボウル、その名のとおり厚くて毬のようなステーキ、勿論味も抜群で明日から元気が出そうな気がした。この店(ケグ)の壁に松葉杖が架かっていてなんだろうと思ったら、マリリンモンローが「帰らざる河」のロケに来たとき怪我をして使った杖なのだそうな。長いプロローグの1日が終わり、明日からが本番、リュックの荷を整えてベッドにはいったのは0時を回っていた。
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バンフ・イン |
アルバータ・ステーキ「ボウル」 |
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★一夜明けて7月13日、今日の目的地はレイクルイーズから北へ15kmばかり入ったスコーキーロッジ、ガイドは宮冨さんに野添有美さんが加わって昨日走ってきたトランスカナダハイウェイを西進する。ここはもう完全にバンフ国立公園内なので、ハイウェイが生息動物の生活圏を遮断してしまわないようにハイウェイの上や地下に動物が行き来出来るパスを設けるなど、ナショナルパークとしての配慮がなされている。
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ハイウエイを跨ぐ動物用の道 |
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★又信じられなかったことだが、針葉樹林が密生して太陽の光を必要とする広葉樹、潅木類がなくなってしまい、それを餌とする動物類が移動せざるを得なくなる等、森林自体が老化することをを防ぐ為、「プレスクライブド・バーン(処方箋火事)」と呼ばれる計画的山火事も行われ、実際に成功を収めているという。 広大な森林を抱えたカナダならではのスケールの大きい話にいたく感心した。
★標高1360mのバンフから1735mのレイクルイーズまでは55km、ボウリバーに沿って走り、右手にアイゼンハウアーピークを含む特異な山容のキヤッスルマウンテン、左手に3000m級の峰を連ねるテンピークスが見えてくるとレイクルイーズはもう近い。ウィスキージヤック・ロッジに寄ってスコーキー・ロッジ泊まりのチェックインやパークエントリーフィー(公園使用料)支払いの手続きなどを済ませ、フィッシュクリークトレイルヘッドへ向かう。此処からスコーキー・ロッジ泊り客専用のシャットルカーでテンプルデイ・ロッジ2010mへ、この間3.9kmだが歩くとなると結構大変だろう。
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ウィスキージヤック・ロッジ |
テンプルデイ・ロッジへの下り道 |
テンプルデイ・ロッジ |
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★シャットルカー2往復で全員集合、振り返ると甲斐駒に似たマウントテンプル3544mがどっしりと構えている。此処から先、入れるのは人間と馬だけ、いよいよスコーキーロッジ目指して歩き始める。コーラルクリークに沿って詰めて行くこの道は、カナディアンロッキーの代表的なトレイルの一つでよく整備されている。
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マウントテンプル |
コーラルクリーク |
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★出発9時45分、雲量多く今にも時雨れそう。 右からウオルベリンリッジ、左からリチャードソンリッジが迫る間を先ず3.2km先のハーフウェイハットを目指す。先頭を行く宮冨さんはゆっくりしたペース、変わらないリズムの見事なネイチャーウオークで先導する、後方の押さえは野添さんだ。道の両側には様々の高山植物が花を咲かせて眼を楽しませてくれる。 7月の今の時期、本来ならば花の盛りには未だ早いのだが、今年は1ヶ月近く早まっているとは嬉しい誤算だった。
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ウェスタンアネモネ |
ワタスゲ |
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◆なぜか日本でお馴染みの花々が多い
★花については都度紹介しようと思うが、特に気がつくことは意外に日本でもよく見かける花が多いということだ。これは元々ユーラシヤ大陸とアメリカ大陸が繋がっていて、氷河時代から高山植物が高山帯、亜高山帯に封じ込められてきたからかもしれない。少し違ってはいるがヤナギラン、オダマキ、デイジー、ウサギギク、イワヒゲ、ワタスゲ、アオノツガザクラなどはしばしば見かけて懐かしく思った。雪解けと共に咲くと言うウェスタンアネモネは既に終わっていて亜麻色の毛をした老人の頭のような花がらが林立している。
★一方、日本では全くお目にかかれない花の代表格は「インディアンペイントブラシ」ゴマノハグサ科で原住民の絵筆の形、色は赤が主体だが雑交配するので白あり青ありと様々、亜高山帯を中心に幅広く分布している。
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インディアンペイントブラシ |
ヤナギラン |
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★川を渡って開けたところに小さな避難小屋と、離れてトイレがぽつんと立っている、ハーフウェイハットだ。少し早かったが此処で昼食、右手には四角い箱をひっくり返したようなリダウトマウンテン2902mが迫っている。時たまパラパラッとくることがあるのでザックカバーを掛け、雨着を着用して出発、ちょっとした坂を上り詰めたところがボルダーパス2345mで眼前にターミガンレイクが広がっている。水辺のワタスゲが可愛い。
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ハーフウェイハット |
リダウトマウンテン |
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ボルダーパス |
ターミガンレイク |
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◆ターミガンピーク斜面の見事なお花畑
★左に聳えるターミガンピーク3059mの麓を斜行するが、この斜面のお花畑は実に見事、咲き乱れる花越しに見下ろす湖の眺めも素晴らしい。傾斜が急になると草もなくなり砂礫の上を風が吹き抜ける。上から馬が五六頭下りてきた。ホースバックライディングを楽しむ人たちだ。手を挙げて声を掛け合う。やがて今日の最高点デセプションパス、2474mに到着、忘れな草が一株こんなところに青い花を咲かせていた。
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ターミガンレークのお花畑 |
乗馬でトレッキングを楽しむ人々 |
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デセプションパス |
ワスレナグサ |
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★此処からロッジまで4kmの下りだが、マウントリチャードソンを発する氷河とその受け皿の二つの湖、スコーキーレイクスの眺めはカナディアンロッキーならではのもので、帰りにその直ぐそばを通るのが楽しみだ。
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スコーキーレイクス |
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◆筆者より1歳若い1931年創建の歴史的ロッジに感慨あり
★午後4時20分、スコーキーロッジ2165m到着、この小屋は1931年創建の歴史的な小屋として有名だとあるが、1930年生まれの小生は更に歴史的であるのかと一寸変な気持ちだった。小屋は丸太作りのメインキャビンのほかにいくつかのログキャビンとトイレ小屋がある。サウナ小屋もあったのだが、残念なことに我等が着く前に火事で焼けてしまっていた。尚、スコーキーとはインディアン語で“湿地”という意味らしい。
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スコーキーロッジ |
スコーキーロッジ |
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★男たちに宛がわれたリバーサイドキャビンはスコーキークリークに面しており、洗面や体の清拭はこの川に入ってやる。女性たちは部屋に備え付けの中世ヨーロッパの絵に出てくるようなポットに水を汲んで部屋で用を足していたようだ。勿論電気はなく夕食の明かりはキャンドルサービス、それでもなかなか良い雰囲気でメインのローストビーフもデザートのプディングも大変美味しかった。然しこうなると食事が済めばやることは何もなく、遠く離れたトイレ小屋に行ってから早々とベッドインするしかなかった。
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スコーキークリーク |
キャンドルサービスで夕食 |
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★14日、朝起きたら小雨、川で洗面してメインキャビンの入り口の温度計を見たら5℃だった。何しろこの辺は北緯53度、樺太の中央部、カムチャツカ半島の南端と同じ緯度だから気温のことはかなり気になっていたがそれほどのこともなかったし、小屋に乾燥室がなくても空気が乾燥しているから濡れたものはその辺に広げておけば直ぐ乾くという話もその通りだった。
★朝食を済ませて、自分の昼食用のサンドイッチを作り、マーリンレイクへ向けて出発、高みへ上がると蛇行するスコーキークリークとその周りに広がるサブアルパインメドウ(亜高山草原)が一望できる。 これがスコーキーバレーだ。この辺りの岩場ではリスやマーモットをよく見かけた。チッチッと盛んに仲間と鳴き交わしている。
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スコーキーバレー |
マーモット |
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◆ロックステップを壁面にへばりつきながら通過
★ウオールオブジェリコの岩壁に沿って歩き、美しいカスティリーヤレイクを後にするとガレ場に差し掛かり、僅か幅50cm、長さ30mのロックステップを壁面にへばりつくようにして通過する。更に岩場を一つ乗り越えたところがマーリンレイクで、湖面越しにマウントリチャードソン3086mが雪縞模様の堂々とした姿を見せている。
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ウオールオブジェリコ |
狭い谷 |
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マウントリチードソンとマーリンレイク |
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★昼には未だ少し早かったので湖を回ってマーリンキャッスル(キャッスルマウンテンに似ている)の途中まで登ってみることにした。ところが運悪く小クリークを飛び越える際に女性メンバーの一人が転倒、打撲らしいが痛むというので野添ガイドが付いて湖畔までゆっくり下りてもらう。
★小クリーク沿いの道を直登していたら木の上に珍しい動物を見つけた。ポーキパイン(針鼠)だ。 鼠といっても一抱えほどもある大きなやつで我等が見ていても殆んど動かない。岩峰手前のメドウまで行ってから湖畔に下りて昼食となったが、天候が急変、雨風の上に気温が下がってきたので慌てて食事を済ませ出発する。
★ロックステップに掛かる手前では雨が霙に変わり顔にパチパチ当たる。これはえらいことになったと思ったが、幸い長続きせずカスティリーヤレイクまで来た時には湖面に美しい虹が出て歓声が上がった。
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カスティリーヤレイク |
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★スコーキーロッジに戻って熱いコーヒーを飲み、元気な人達だけでマーリンメドウに出かける。スコーキーバレーを一山越えたマーリンバレーにある草原だが、スコーキークリークがこの山を抜けるのに深くて狭い谷を激しく流れる様は壮観だった。
★静かで落ち着いた感じのするこのメドウの一角にはテントでキャンプをしながら歩くバックパッカーのためのポイントが指定されていて、熊(カナディアンロッキーにはグリズリーとブラックベアーがいる)に食料を取られない為のポール、(ベアープルーフ)が立てられている。
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ベアープルーフ |
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★帰りは別の道を通ってロッジに帰り、川の流れに入って体を拭いた。自然一杯に囲まれてすごく気持ち良い。今夜の食事はサーモン、昨夜同様ビールとワインも飲んで9時前にはベッドイン。
★15日、起きて朝食前にサウナの焼け跡を見に行った。 完全に焼けて板切れが転がっているだけだったが、メインキャビンから一寸離れた坂の上にあり、若し焼けていなかったとしたら水を運び上げるのが結構大変だったのではと思ったりした。朝食はオートミルにベーコンエッグ、小屋の人たちに見送られてスコーキーロッジを後にする。不便がなかった訳ではないが、それを越えた良さがしみじみと感じられる良い小屋だった。我等と同宿の老夫妻は此処の雰囲気が大変気に入っていて、毎年来て、その時に来年の予約をして帰るのだと言っていた。
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小屋の人に見送られてスコーキーロッジを後にする |
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◆馬も通わぬパッカーズパスを行く
★帰りは馬も通わぬパッカーズパスだが、昨日打撲を負ってしまった女性には無理なので、野添ガイドと来たときのデセプションパスを行ってもらい、ターミガンレイクで落ち合うことにした。今日の道はウオールオブジェリコの岩壁の基部を進んで氷河湖の下段の湖、マヨソティスレイクから流れ落ちる滝横のチムニーをよじ登り、湖を半周して更に上段のジガデナスレイクを目指すという厳しいものだ。
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マヨソティスレイクから流れ落ちる滝 |
チムニーを登る |
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マヨソティスレイク |
ジガデナスレイク |
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★この二つの湖は氷河によって削られた浮遊屑の量の違いで水面の色は明らかに違って見えるが、二つ纏めてスコーキーレイクスと呼ばれている。この辺りの岩場は小動物の格好の住家らしく、2匹のマーモットが相撲を取っているようにじゃれあっている珍しい場面も見ることが出来た。
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相撲を取るマーモット |
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★湖を後にパッカーズパスへの急傾斜は中々辛い。パス(峠)のトップは強い風が吹き抜けているのでターミガンレイク湖畔まで昼食はお預け、この斜面のお花畑は何度も足を止めて写真を撮りたくなる美しさだ。湖畔のお花畑の中での昼食はなんとも豪勢なもの、湖面にはカナダギースらしい水鳥がのんびり泳いでいた。
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ターミガンレイクで見つけたカナダギース |
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◆カナディアンロッキーの“顔”レイクルイーズ
★ハーフウェイハットを通ってテンプルデイロッジへの道は下りでもあるし天気も良いので快調、ロッジのゲイトにいた女性のパークワーデン(公園監視官)と談笑しながらシャットルカーを待つ。フィッシュクリークの駐車場からバスに乗って、折角だからと予定にはなかったレイクルイーズを見に行くことになった。これは我等にとって唯一の観光ということになる。
★レイクルイーズはさすがにカナディアンロッキーの顔と言われるだけあって素晴らしい。縦長の湖の正面にヴィクトリア氷河を抱えたマウントヴィクトリア3459mが我々と正対してくれる。これはさすがに圧倒的な迫力である。唯、湖畔には瀟洒なホテルが建ち、レジャースタイルの男女が行きかい、湖面にボートが浮かぶとなると此処は今まで肌で感じてきたカナディアンロッキーとは全く違う世界だが、これは止むを得ない。
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レイクルイーズ |
マウントヴィクトリア |
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★宿のレイクルーズインは湖から2.5km位離れてヴィレッジに近い感じの良いホテルだった。何よりも部屋の窓からマウントテンプルのほぼ全容が見られるところが気に入った。取り敢えずシャワーを浴びて洗濯をしてからヴィレッジに地図を捜しに行った。途中、パイプストーンリバーの橋からの眺めはまるで絵葉書のようだ。流れの向こうの木立にポストホテルの赤い屋根、背景には白銀の峰峰が輝いている。しばし橋の上に歩を止めて眺め入った。
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レイクルーズイン |
マウントテンプル |
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パイプストーンリバー |
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★幸い本屋に目指す五万分の一の地図がありこれを求めてから食事に行く。レストランは二三物色したが、結局ヴィレッジのはずれにあったマウンテンレストランにした。その名のごとく部屋の真ん中にはこの周辺の山々を示す大きな模型が置いてあり、中々繁盛している。注文したのはまたもやアルバータ牛ステーキ、今回はニューヨーカーのミディアムレア。21$だからバンフのケグより一寸安い。ホテルに帰って明日から2日間分の荷物をリュックに詰めて10時30分就寝、一寸疲れた。
★16日、7時のウェイクアップコールには既に目覚めていた。朝食前に近くを散歩する。朝の冷気がすがすがしい。道端のアザミは花が大きくて何故か白い。ススキとは違ってふわふわした穂が風にたなびいている草が目に付く。カナディアンパシフィックレイルウェイの貨物列車が行く。ガイドさんが教えてくれた通りいつ果てるとも知れない長さだ。あんなに長くて駅での操作は上手くいくのかと頭を傾げたくなる。
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カナディアンパシフィックレイルウェイ |
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★ヴァイキングの朝食を済ませ、バスで再びトランスカナディアンハイウェイをボウ河に沿って南下する。バンフの手前約20kmでハイウェイを下りた地点がレッドアースクリ−クのトレイルヘッドでシャドウレイクへの出発点になる。此処はハイウェイに極めて近接しているので、生息動物保護の為、道沿いに3mほどの高さの金網が張られていて、人間は狭いゲートを通らないと外へ出ることは出来ない。
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生息動物保護のためのゲート |
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◆アルバータ州の州花、ブリックリローズに出逢う
★道は幅も広く緩やかな上りで、10.5km先のエジプトレイク分岐までは自転車の使用も認められている。暫くは樹林帯を行くので、道端の花を楽しみながら歩くしかない。標高約1400mとスコーキーバレーよりも低いところから歩き始めているので、花の植生もかなり違っている。勿論同じ花も沢山あるが、ゴゼンタチバナ、タカネバラ(プリックリローズ;アルバータ州の州花)、ダイモンジソウなどはこちらで初めてお目にかかった。
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タカネバラ(プリックリローズ) |
ダイモンジソウ |
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★2時間半ばかり歩いてレッドアースクリークとロストホースクリークの合流点にある小さなメドウに着く。此処はバックパッカーのポイントにもなっていて奥まったところに例の熊対策のポール(ベアープルーフ)も立っていた。此処で昼食なので川辺で手を洗っていたら、薄紫色の蝶(何とかシジミ?)が一杯地面の土をなめていた。 多分彼らにとって生きる為に必要な成分が含まれているのだろう。
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地面を舐めるシジミチョウの群れ |
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★此処は少し開けているので後方にコッパーマウンテン2795m、前方の樹間にパイロットマウンテン2941mを見ることが出来る。3.6km先のエジプトレイク分岐はバイクの終点でハイカーたちの自転車が何台か草むらに放置されていた。此処から道は山道になるが馬はOK,あどけない少年が馬の背に揺られていく姿はなんとも微笑ましい。針葉樹の幹に大きな「虫こぶ」があった。昆虫の寄生や産卵で木の組織が異常に大きくなったものらしいが、こんなにでかくて立派な饅頭型のものは初めてだ。
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コッパーマウンテン |
虫こぶ |
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★歩くこと約1時間、木々の間にログハウスが見えた。シャドウレイクロッジだ。ロッジの前面は大きくサブアルパインメドウ(亜高山草原)が開けていて正面にマウントボール3311mの雄姿が見える、素晴らしい!!この景色に疲れも吹っ飛んだ。
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シャドウレイクロッジの案内板 |
シャドウレイクロッジのログキャビン |
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★このロッジは1928年に鉄道会社がレストハウスとして建てたが、現在の建物は1991年新築されたもので、メインロッジ、談話室(CPR=CanadianPacificRailway)、の他に客室の小さなログキャビンがメドウを取り巻くように並んでいて、ボウル、ストーム、コッパー等それぞれにこの周辺の山の名前がつけられている。ちなみに私たちのキャビンは「パイロット」だった。CPRの屋根にはカナダ国旗が翻っている。トイレ小屋はシャワールームと洗面所も付いた立派なもので、これは有難かった。電灯は自家発電したものをねじ巻き式スイッチで点灯、ねじが切れると消灯する。 電気を無駄使いしないアイディアだ。
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CPR |
筆者の泊ったキャビン「パイロット」 |
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◆マウントボールの倒影で知られるシャドウレイク
★このロッジには若い女性のスタッフが大勢いて明るい雰囲気に満ちている。アフタヌーンティーの接待を受けてから早速1km先のシャドウレイクに出かけた。狭い山道だが20分ほどで行ける。湖とその背景に3000m級の山と言う取り合わせはカナディアンロッキーの典型的景観の一つかもしれないが、レイクルイーズ、マーリンレイク、そしてこのシャドウレイクとどれをとっても素晴らしい。特に此処は湖面が静かで、マウントボールの倒影が映し出されることで知られている。
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シャドウレイクロッジの若い女性スタッフ |
シャドウレイク |
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★我等が湖畔に着いたのは、午後4時45分だったが、生憎湖面に漣が立って光が反射していたため、お目当ての倒影は明朝に譲らざるを得なかった。それにしてもこの見事な自然のたたずまいはなんということだろう。 しばしこの大気の中に浸りきったことだった。レッドアースクリークの河口には木橋が掛かっていて此処が格好の展望所になっている。マウントボールから目を転じて後ろを振り返って見ると、クリークの両側に針葉樹の森(ロッジポールパインか?)が遥か彼方へと連なっていて、この景観に遠近感を与えている。
★何時までも見飽きることのない景色を後にしてロッジに帰ると夕食が待っていた。ロッジのメインキャビンは厨房と食堂からなっていて、食堂は食品と食器を纏めて置く大テーブルと、6人掛けのテーブル5つが置かれている。食事の際は各テーブル毎に順々に食べたいものを取りに行くシステムになっている。食事は素朴でありながら実に美味しいものを出してもらえるのが嬉しい。
★17日、5時半に起きて朝焼けのマウントボールを見に行った。オレンジ色に染まったマウントボールがシャドウレイクの湖面にくっきりとその姿を映している。 欲を言えば後10分早ければもっと良かったかもしれない。然し、僅か2度目にしてこんな幻想的な景色を眺められたのは運が良かったと言うべきだろう。 明日の朝は最後のチャンスなのでもう一度来てみることにする。
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シャドウレイクの湖面に山容を映すマウントボール |
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夜明けのシャドウレイク |
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◆コッパーマウンテンのピークを目指す
★ロッジのモーニングコールは7時半、スタッフが声をかけながらキャビンを回る、当然皆な既に起きてしまっているのだが、順々に起こしに来てくれる声が近づいてくるのは良いものだ。今日は先ず、ギボンパスの峠まで登り、更にコッパーマウンテンのピークを目指す。
★樹林帯の登りが続くが、時として開けるメドウ(草原)のお花畑は緑の絨毯に宝石箱をひっくり返したように煌いていた。1時間半の登りでギボンパス2300mに到着、左手の谷越しにストームマウンテン3161mが聳え立ち、右手には我等がこれから目指すコッパーマウンテン2795mが控えている。そして後方はるかに特異な山容のマウント・アシニボイン3618mを見ることが出来た。
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草原のお花畑 |
草原のお花畑 |
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草原のお花畑を進む |
ギボンパス |
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ストームマウンテン |
コッパーマウンテン |
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マウント・アシニボイン |
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★カナディアンロッキーでも5指に入る高さだが、よほど気象条件に恵まれないと見られないとされていただけにこれは嬉しかった。此処からの登りはコースも決まっていないし、トレイル(踏み跡)もない、バックカントリーの世界を行くことになる。ガイドから皆が同じ所を歩かないように注意がある。 メドウ保護の為のマナーだが、やがて森林限界を過ぎてこの緑もなくなり赤茶けた砕石に変わる。よく見るとこの小さな石の中に「地図苔」が付いているものがある。 この地図苔の生長速度は極端に遅く、1mm広がるのに800年以上も掛かるという驚異の世界だ。
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トレイル(踏み跡)のない草原を行く |
地図苔 |
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★ギボンパスから約1時間の登りで稜線に出て一つのピークに到着する。此処までくると奇岩の山、キャッスルマウンテンやレイクルイーズ方面のテンピークスの山々も見ることが出来る。然し、さすがに風が強いので早々にギボンパスへと下り始める。道はないので何処を歩いてもよい。砕石の中を駆け下りながら、若かりし頃、富士の須走りを下ったときを思い出した。
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砕石の中を駆け下りる |
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★スタート地点との間には潅木帯が広がっているので、下るに従って目標となる山が見えなくなり、直にスタートへ戻るのは中々難しい。後になってストームマウンテンのどの地形の真下がスタート地点、と見定めて置けばよかったのにと反省した。帰りに再び通ったお花畑は、光の加減で又違った感じに見える。この花の褥にしばし寝転んでいたい気分だ。
★ロッジには丁度アフタヌーンティーの時間に帰り着いた。ここのアフタヌーンティは色んなティバッグが用意してあるのは勿論、ちょっとしたクッキーや果物も用意してあって、このロッジの呼び物になっている。夕食までたっぷり時間があるのでシャワーを浴びて一休み、CPRで望遠鏡を覗いたり、レッドアースクリークの川辺を散歩したり、のんびり時間をすごす。
◆夕食に味噌スープのサービス
★夕食には我等日本人を意識してくれたのか味噌スープが出た。メインディッシュのチキン、デザートのチョコレートケーキも美味しい。コーヒーは眠れなくなることがあるので、何時も夜は飲まないのだが、スタッフからどっち?と聞かれてよく聞いてみたら普通のコーヒーとカフェインフリーコーヒーを用意しているとは感心してしまった。
★18日、星を見ようと2時に起きて外に出てみたが、残念ながら雲が多くて駄目、緯度からいって多分首が痛くなるほど上に輝いている筈の北緯53度の北極星は見ることが出来なかった。5時頃には小雨も降りだし、もう一度暁のマウントボールを見に行くのも諦めた。
★ロッジ最後の朝食はパンケーキ、あのメープルシロップをたっぷりかけて食べた。カナダに来てもう1週間近くなるのに今迄メープルシロップにお目にかからなかったのが不思議な気がする。スタッフの人達が見送りに出て手を振ってくれる中、雨支度で出発。シャドウレイクロッジは本当に快適な小屋だった。贅沢ではなく素朴で無駄がなく、客をもてなすホスピタリティが一杯ある。
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グッドバイ・マスター |
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★雨は幸い直ぐに上がったが、帰りはひたすら下るだけで大して期待もなかったのに、どうしてどうして、歩き初めて30分、ぬかるみに大きな獣の足跡を見た。クーガー(マウンテンライオン)のものだと言う。聞きなれない名前なので後で調べてみたら、ピューマ、パンサー、アメリカライオンと沢山の名前を持つヤマネコ類最大の動物で、北米カナダから南米アルゼンチンにわたって広く分布し、大きいものは180cm、100kg、高い運動能力を持ち、哺乳類、爬虫類、魚、昆虫などを食べる。生息環境の破壊から年々数が減り、いまや絶滅危惧種になっているとわかった。
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クーガーの足跡 |
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★更に30分後、今度は雷鳥(グラウス)親子が我々を歓迎してくれた。又州花のプリックリローズや美しいシューティングスターの花なども目を楽しませてくれた。 トレイルヘッドの金網をくぐると、ここで山とはさようならだ。再び時雨れてきた中をバスでバンフに向かう。
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雷鳥(グラウス)の親子 |
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★バンフ到着でお世話になった宮冨さん、野添さんとはお別れ、本当に良くやっていただきました。来た時には時間も遅かったしバンフの町をゆっくり見る余裕もなかったが、今度は少し時間がある。バンフはボウ河を挟んでカスケード2998m、ランドル2949m、二つの山の麓に広がる美しい町だ。
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バンフの町 |
バンフの町 |
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ボウ河 |
カスケードマウンテン |
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★ボウリバーの橋を渡ってカナダプレイス(公園管理事務所)の庭園、カスケードロックガーデンに行ってみた。入り口からバンフアヴェニュー越しにカスケードマウンテンの構図が素晴らしい。 庭園内は手入れが良く行き届いていて、華やかな花壇、芝生の中には原住民の住居がポンと置いてあったりする。本当は更に南のバンフナショナルパーク発祥の地、ケーブアンドベイスンまで行って温泉に入れたら最高だがさすがにその余裕はない。
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カナダプレイス(公園管理事務所) |
原住民の住居 |
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★時間になるので予約してあった「杉乃家」に行く。カナダに来たのだから日本料理でもあるまいとも思ったが、カナダの日本風も悪るくはなかった。鮭の握りミスターサーモン、鮭といくらの巻き寿司トロピカーナ、ソフトシェルクラブは白ワインにぴったりだったが、極め付きはアルバータ牛の牛刺し7.5$と白いご飯1.5$、安い上にこんなに旨い牛刺しは一寸日本でもお目にかかれない。
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筆者夫妻(杉乃家) |
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★再びバスで1時間半走ってカルガリーのホテル、デルタカルガリーエアポートに着いたのが午後9時、折角プールまである良いホテルなのに、それでは泳いで見ようかという元気はもうなかった。
◆さようならカナディアンロッキー
★19日、今日はバンクーバー経由で帰国、直ぐそばのカルガリー空港へ行って、残りのカナダドルを使い切ろうとウロウロしたら、やたらに「スタンピード」の飾り付けが目に付く。カルガリースタンピードというのは、毎年7月初旬の10日間、地上最大の野外ショーとして知られるカウボーイの祭典で、人々はテンガロンハットにウェスタンブーツ姿で町に繰り出し、ロデオ大会や4頭立て幌馬車が疾走するチャックワゴンレースなどを楽しむもので、丁度終わったばかりだと言う。
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カルガリースタンピードの飾りつけ |
カルガリースタンピードの飾りつけ |
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★道理で空港内でテンガロンハット姿も見かけたし、それらしいグッズが店に並んでいたわけだ。古き良き西部というのはアメリカの話とばかり思い込んでいたが、カルガリー、エドモントン周辺は本来のカウボーイスピリットに出会える“トゥルー.ウェスト”と自負しているのが印象的だった。
★カルガリーからバンクーバーへはカナディアンロッキーを飛び越えていくわけで、最後のチャンスとカメラを構えて下を見詰めていたが、肝心な所は雲に邪魔されて撮ることは出来なかった。色々な発見や出会いのあったカナディアンロッキーの旅はこれで終わったが、当然のことながら心残りもいっぱい出来た。
★バンフの2箇所に集中した今回の旅は、実りも多く、間違いなく成功だったと思っているが、もう1箇所、ジャスパーへ行って、出来ればマウントロブソン3954mやマウントアルバータ3619mの見えるピークに登って見たかったし、イエローヘッド博物館であのピッケルなど槙有恒の事跡を尋ねても見たかった。大したことではないが、若し又行く機会があったら、今度こそ首の痛くなる程高く輝く北極星を眺めてやろうと思っている。(‘06.09.22。記)
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