★第6回ざる研で荻窪の「本むら庵」に行った時から気になる店が近くにあった。その店の名前は「鞍馬」。江戸っ子の蕎麦好き、酒好き、NHKのテレビ番組「コメディーお江戸でござる」で9年間にわたって「おもしろ江戸ばなし」の解説をした江戸風俗研究家杉浦日向子さんが特選五店を選んだ中でも46歳で亡くなる(下咽頭がん)直前に訪れたそば店である。
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杉浦日向子さん |
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★ざる蕎麦研をやるように指名されてから私なりにそばの勉強をしようと本を探してみたが、直ぐに出てきた著者は杉浦日向子さんだった。何冊かの著書を読んで私が共感したのは、そばという食べ物は好きだが、もっと好きなのは蕎麦屋という空間で僅かな時間のんびりと憩うこと、つまりけっしてグルメ指向ではないという点と考え方の底流に江戸時代があるという点である。
★私を直ぐにも「鞍馬」へと駆り立てたのは、先日小平稲門会で夏の集いとして府中散策に出かけた際、松尾寛敏さん(48政経)が鞍馬のご主人からそば打ちの指導を受けていて、ご主人の人柄などを伺ったことと、29日から予定していた今夏のメイン登山立山縦走が悪天候で中止になり、出来てしまった空白の3日間を有効なものにしたいからでもあった。
★此処で「鞍馬」の緒元を紹介しておきます。
住所:杉並区西荻南3-10-1 ℡03-3333-6351 JR西荻窪駅南口から徒歩2分
営業時間:11時30分~16時30分ごろ(売り切れじまい)
定休日:水曜、第3木曜(祝日は営業)
その他:禁煙、予約不可、
★7月29日(月)小雨の降る中、西荻の商店街を抜けた所にある「鞍馬」を訪れた。予想通り店内は一目で見渡せる位の広さしかないが、明るくごく普通の感じで、壁にはご主人の趣味らしいモダンアートのリトグラフが掛けられている。
[リトグラフの掛かった店内](写真は鞍馬HPから転借) |
★目を引くものは調理場寄り中央に置かれた石臼自家製粉機で毎日使う玄蕎麦をここで製粉している。
★席について早速そば前に岩手の四季桜を注文した。この酒は特に蕎麦との相性が良いとご主人拘りの酒。ほかにも田酒、黒龍、菊姫、獺祭など酒好きをうならせる銘酒が並んでいる。
★予めの調べでは、つまみは焼き味噌と天ぷらしかないことになっていたが、この日はそうでもなく幾つかメニューにあった中で”いかめぼう塩焼き”なるものを頼んでみた。これは烏賊の口を取り出して塩焼きにしたもので、コリッとした食感と上品な塩味は初物だったが正解。こいつを肴に四季桜をチビチビやっていたら隣席の老夫婦のご婦人から「いい感じですね。私もやってみたいのに主人が全くダメなんです」と声をかけられ「これは後でおそばを美味しくいただくための準備運動です」こんなやり取りが自然にできるのもこのお店の気取らない雰囲気のせいだろう。
★やはり1合では一寸物足らず田酒を5勺追加、つまみも厚揚げのポン酢がけを注文した。田酒は地元青森でも手に入りにくいほどのもの。ポン酢は松本の大久保醸造のもので真にまろやか。この調子ではなかなかおそばに行き着きそうもなかったが、3組ばかりいたお客が丁度出払ったのをチャンスに調理場に挨拶に行きご主人吹田政己さんとお話しすることが出来た。
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吹田政己さん |
鞍馬HPから転借 |
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★小平稲門会でざる研を始めて、先日本むら庵に行った時から此処が気になっていたこと、杉浦日向子さんのソ連(そば屋好き連)に興味があって本を読んでいること等の話をしたら、杉浦さんは全体を見渡せる所が好きで席が決まっていましたとその席を示してくださり、7月22日杉浦さんの命日にはこの席に蔭膳を据えて冥福を祈ったとその時の写真を見せてくださった。
★直ぐに又お客が入ってきたので長く話は出来なかったが、ご主人の杉浦さんに対する深い想いを垣間見ることが出来た。
★鞍馬のそばは常陸秋そばの10割だが、本むら庵が粗挽きに拘るのに対して鞍馬は微粉挽き、しかもそば殻の黒点全くなし、これに水だけを加えて打つ。当店の定番「箱もりそば」940円が簀子をひいた長方形の箱に入れられているのはそばが長めに切ってあることと、蓋を取った時の香りを大事に考えているからのようである。
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箱盛り蕎麦(鞍馬HPから転借) |
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★そばつゆは透明感のある澄んだ味わい、薬味のわさび、大根おろし、刻みねぎはいずれも丁寧に整えられていてその味も主役の邪魔をしない脇役に徹している。そばは1本づつのエッジが立った端正なスケヤ、10割なのにざらつかず滑らか、量感があって深い味わいがある。
★最後に出てくるそば湯はさらりとしたナチュラルタイプ。そばつゆを少量加えて飲んだ後、卓上の京都祇園本家原了郭の黒七味を加えたらピシッと味が締まった。
★杉浦日向子さんは「浮世の塵にまみれたら、鞍馬のソバが救ってくれる」と書いてているが、この店の良さは一人で何回か通うことによってだんだん引き出されてくるような気がする。
(2013.7.31.記)
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